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	<description>ディシジョンマインド社は研修やセミナーを通してみなさんの経営戦略に必要な意思決定力の向上を支援する会社です。</description>
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		<title>最近あった嬉しいこと。。。ディシジョンラボ卒業生の活躍</title>
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		<pubDate>Wed, 01 Sep 2010 12:29:14 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[「仕事関連」]]></category>

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		<description><![CDATA[数年来のクライアントである、サービス産業系企業S社の人材開発・研修の事務局の方からお聞きした、嬉しい話のご紹介です。 S社には、ここ数年来、部長層とシニア部長層（=執行役員一歩手前の層）の2階層に向け、ディシジョンラボの研修プログラムでお手伝いをしています。先日、私がお手伝いしているそれらの階層より一段階ジュニアな、課長層向けのアクションラーニングの最終発表会があったのだそうです。（ディシジョンラボは、私がお手伝いするエデュサルティング型の戦略課題取り組みプログラムの名称ですが、一般的にはアクションラーニングと呼ばれることが多いようです。） その発表会に、私が3年前と1年前にお手伝いした、部長層、シニア部長層の両方のディシジョンラボに参加した方がゲストとして出席し（Bさんとしておきます）、その席上で、ご自身が参加された2回の研修で提言した内容を、2回とも、最終発表会でのトップからのフィードバックを活かしてブラッシュアップし、再度トップに提案、その後実際にそれぞれ、社内で事業として実施中、プロジェクトとして進行中、ということを紹介されたそうです。 さらに受講生へのエールとして、「是非、今回の発表会を踏まえて再度検討を深め、トップに自主的に再提案してほしい。僕はやったよ！」というメッセージを下さったのだそうです。 事務局の方からも、「Bさんは、熱意・説得力・人間味・誠実さ・真剣さ、色々なものがひときわ溢れる方ですね」という感想をもらいました。Bさんは私の目からも、参加された2回のディシジョンラボ参加者の中でも、ひときわ熱意と優秀さ、それに誠実さとリーダーシップに優れた方との印象の強い方でしたが、今回のエピソードを聞いてあらためてその時のことが思い出され、嬉しく思いました。 Bさんからは事務局の方に、「その節はお世話になりました。（籠屋）先生にもよろしくお伝え下さい」とのメッセージを頂き、それで今回私までお知らせ頂いたわけですが、こういう方々をお手伝いできるのが、エデュサルティング/ディシジョンラボのやりがいと醍醐味だと、あらためて感謝の気持ちを噛みしめた次第です。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
数年来のクライアントである、サービス産業系企業S社の人材開発・研修の事務局の方からお聞きした、嬉しい話のご紹介です。<br />
<br />
S社には、ここ数年来、部長層とシニア部長層（=執行役員一歩手前の層）の2階層に向け、ディシジョンラボの研修プログラムでお手伝いをしています。先日、私がお手伝いしているそれらの階層より一段階ジュニアな、課長層向けのアクションラーニングの最終発表会があったのだそうです。（ディシジョンラボは、私がお手伝いするエデュサルティング型の戦略課題取り組みプログラムの名称ですが、一般的にはアクションラーニングと呼ばれることが多いようです。）<br />
<br />
その発表会に、私が3年前と1年前にお手伝いした、部長層、シニア部長層の両方のディシジョンラボに参加した方がゲストとして出席し（Bさんとしておきます）、その席上で、ご自身が参加された2回の研修で提言した内容を、2回とも、最終発表会でのトップからのフィードバックを活かしてブラッシュアップし、再度トップに提案、その後実際にそれぞれ、社内で事業として実施中、プロジェクトとして進行中、ということを紹介されたそうです。<br />
<br />
さらに受講生へのエールとして、「是非、今回の発表会を踏まえて再度検討を深め、トップに自主的に再提案してほしい。僕はやったよ！」というメッセージを下さったのだそうです。<br />
<br />
事務局の方からも、「Bさんは、熱意・説得力・人間味・誠実さ・真剣さ、色々なものがひときわ溢れる方ですね」という感想をもらいました。Bさんは私の目からも、参加された2回のディシジョンラボ参加者の中でも、ひときわ熱意と優秀さ、それに誠実さとリーダーシップに優れた方との印象の強い方でしたが、今回のエピソードを聞いてあらためてその時のことが思い出され、嬉しく思いました。<br />
<br />
Bさんからは事務局の方に、「その節はお世話になりました。（籠屋）先生にもよろしくお伝え下さい」とのメッセージを頂き、それで今回私までお知らせ頂いたわけですが、こういう方々をお手伝いできるのが、エデュサルティング/ディシジョンラボのやりがいと醍醐味だと、あらためて感謝の気持ちを噛みしめた次第です。</p>
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		<title>組織のイノベーション・スキル底上げに向けた、「統合型人財」育成（続き）。。。「R&amp;Dテーマブラッシュアップ・ワークショップ」の勧め</title>
		<link>http://decision-mind.com/?p=1485</link>
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		<pubDate>Sat, 28 Aug 2010 08:08:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[「イノベーション・マネジメント」]]></category>

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		<description><![CDATA[前回のブログ記事で、「統合型人財」育成のための「R&#38;Dテーマブラッシュアップ・ワークショップ」の提案を行いましたが、今回の（続き）記事では、この「R&#38;Dテーマブラッシュアップ・ワークショップ」と、私の通常の（イノベーションマネジメントでの）ディシジョンラボとの違いについて、念のため補足解説をしたいと思います。主たる違いは以下の3点です。 ○組織スキル底上げを狙うのが主目的なため、対象が選抜エリート層限定でなく、R&#38;Dプロジェクトリーダー/サブリーダー層の半数以上というマジョリティの人達であること ○実際に動いているテーマの見直し・ブラッシュアップなので、全く新しいテーマを探す手間と時間が必要ない分、ぐっと負荷と期間が軽減されること ○「社長（CEO）やCTOといったトップ層を唸らせる新規提案」を目指すことで選抜層を鍛え上げる、という主旨ではないため、報告対象は、研究所長、せいぜい執行役員レベルであること。。。実際に走っているR&#38;Dテーマを題材として「統合型人財」としてのスキル修得を主目的として実施し、ブラッシュアップ作業で出てくる洞察や提案は副産物、という位置づけなためです。 ただし報告対象者は、質疑応答や助言を通じて「統合型人財」を育成するのが役割ですから、技術のスペシャリストとしての「たたき上げ」だけでその地位を得た、という人物ではなく、経験と実績と素養を通じて、自他ともに認めるビジネスマインド・ハート・コミットメント（頭と心と志）をもった人物である必要があります。 こうした利点と特徴を持った「R&#38;Dテーマブラッシュアップ・ワークショップ」をどんどん実施して行けば、そこでビジネスマインド・ハート・コミットメントを強化した人たちが多人数となりマジョリティとなる状況が生まれます。そしてその土台のもとに、これまで私がお手伝いしてきた｢選抜エリート層を鍛え上げる｣ディシジョンラボが行われれば、より一層大きな効果が期待できると思います。 さらに言えば、こうした背景が確立されて行けば、（先日のブログ記事で触れた）ユニリーバが取り組んだという「5000テーマ⇒700テーマへ」的な思い切った選択と集中も、ミニマムなリスクと高い質で、かつ関係者の高い納得感の下で実現できるのではないかと期待するものです。 それともう一点付け加えると、今回提案した「統合型人財育成」の重要性は、とくに日本企業において重要だという認識を持っています。なぜなら、技術でも製造でも、さらには営業ですら、日本企業のスタッフには、「事業全体で捉え、その上で儲けるためのやり方を考え抜き実行する」という発想がもともと弱く、従って「統合型人財」に必要な発想やスキルを自ら自然のうちに身につける、という精神習慣が少ないと感じるからです。 かく言う私自身も元々そうだったのですが、アメリカの大学院で学び、アメリカの企業で働く中での学生仲間、仕事仲間、クライアント企業の人達とのやり取りで、さらには日常生活の様々なシーンを通じて、このことを何度も痛感しました。 彼らは、口で美しいことを言っていても、その底には「どうやったらもっと儲けられるか」がほとんど無意識な前提として思考が働いている、と感じることが多々ありました。またこのことがあまりに自然であるがゆえに、表面上口にする美しいことに決して嘘があるわけでもなく、「美しいこと」が「儲けること」と何の矛盾もなく成立しているのです。 幼少の頃からの教育課程やその後のマスコミの論調などに接する中、【「美しい理想」と「いっぱい儲けること」は矛盾することなんだ】ということが刷り込まれていがちな日本とは大きな違いです。だからこそ、日本企業の人達にとってこそ、この「統合型人財育成」による組織スキル底上げへの取り組みが、より重要だと思うのです。 P.S. 　なお、この「統合型人財育成」をイノベーション・マネジメントに限定せず、テーマブラッシュアップの対象を、「R&#38;Dテーマ」から「事業」に拡大して実施した方が、伊藤先生の発想には近くなります。実際そういった「事業ブラッシュアップ・ワークショップ」もお勧めなのですが、このブログ記事では、ひとまずイノベーションに絞ってR&#38;Dテーマを想定した提案としておきます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
前回のブログ記事で、「統合型人財」育成のための「R&amp;Dテーマブラッシュアップ・ワークショップ」の提案を行いましたが、今回の（続き）記事では、この「R&amp;Dテーマブラッシュアップ・ワークショップ」と、私の通常の（イノベーションマネジメントでの）ディシジョンラボとの違いについて、念のため補足解説をしたいと思います。主たる違いは以下の3点です。<br />
<br />
○組織スキル底上げを狙うのが主目的なため、対象が選抜エリート層限定でなく、R&amp;Dプロジェクトリーダー/サブリーダー層の半数以上というマジョリティの人達であること<br />
<br />
○実際に動いているテーマの見直し・ブラッシュアップなので、全く新しいテーマを探す手間と時間が必要ない分、ぐっと負荷と期間が軽減されること<br />
<br />
○「社長（CEO）やCTOといったトップ層を唸らせる新規提案」を目指すことで選抜層を鍛え上げる、という主旨ではないため、報告対象は、研究所長、せいぜい執行役員レベルであること。。。実際に走っているR&amp;Dテーマを題材として「統合型人財」としてのスキル修得を主目的として実施し、ブラッシュアップ作業で出てくる洞察や提案は副産物、という位置づけなためです。<br />
<br />
ただし報告対象者は、質疑応答や助言を通じて「統合型人財」を育成するのが役割ですから、技術のスペシャリストとしての「たたき上げ」だけでその地位を得た、という人物ではなく、経験と実績と素養を通じて、自他ともに認めるビジネスマインド・ハート・コミットメント（頭と心と志）をもった人物である必要があります。<br />
<br />
こうした利点と特徴を持った「R&amp;Dテーマブラッシュアップ・ワークショップ」をどんどん実施して行けば、そこでビジネスマインド・ハート・コミットメントを強化した人たちが多人数となりマジョリティとなる状況が生まれます。そしてその土台のもとに、これまで私がお手伝いしてきた｢選抜エリート層を鍛え上げる｣ディシジョンラボが行われれば、より一層大きな効果が期待できると思います。<br />
<br />
さらに言えば、こうした背景が確立されて行けば、（先日のブログ記事で触れた）ユニリーバが取り組んだという「5000テーマ⇒700テーマへ」的な思い切った選択と集中も、ミニマムなリスクと高い質で、かつ関係者の高い納得感の下で実現できるのではないかと期待するものです。<br />
<br />
それともう一点付け加えると、今回提案した「統合型人財育成」の重要性は、とくに日本企業において重要だという認識を持っています。なぜなら、技術でも製造でも、さらには営業ですら、日本企業のスタッフには、「事業全体で捉え、その上で儲けるためのやり方を考え抜き実行する」という発想がもともと弱く、従って「統合型人財」に必要な発想やスキルを自ら自然のうちに身につける、という精神習慣が少ないと感じるからです。<br />
<br />
かく言う私自身も元々そうだったのですが、アメリカの大学院で学び、アメリカの企業で働く中での学生仲間、仕事仲間、クライアント企業の人達とのやり取りで、さらには日常生活の様々なシーンを通じて、このことを何度も痛感しました。<br />
<br />
彼らは、口で美しいことを言っていても、その底には「どうやったらもっと儲けられるか」がほとんど無意識な前提として思考が働いている、と感じることが多々ありました。またこのことがあまりに自然であるがゆえに、表面上口にする美しいことに決して嘘があるわけでもなく、「美しいこと」が「儲けること」と何の矛盾もなく成立しているのです。<br />
<br />
幼少の頃からの教育課程やその後のマスコミの論調などに接する中、【「美しい理想」と「いっぱい儲けること」は矛盾することなんだ】ということが刷り込まれていがちな日本とは大きな違いです。だからこそ、日本企業の人達にとってこそ、この「統合型人財育成」による組織スキル底上げへの取り組みが、より重要だと思うのです。<br />
<br />
P.S. 　なお、この「統合型人財育成」をイノベーション・マネジメントに限定せず、テーマブラッシュアップの対象を、「R&amp;Dテーマ」から「事業」に拡大して実施した方が、伊藤先生の発想には近くなります。実際そういった「事業ブラッシュアップ・ワークショップ」もお勧めなのですが、このブログ記事では、ひとまずイノベーションに絞ってR&amp;Dテーマを想定した提案としておきます。</p>
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		<title>組織のイノベーション・スキル底上げに向けた、「統合型人財」育成。。。「R&amp;Dテーマブラッシュアップ・ワークショップ」の勧め</title>
		<link>http://decision-mind.com/?p=1443</link>
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		<pubDate>Wed, 25 Aug 2010 15:28:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[「イノベーション・マネジメント」]]></category>

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		<description><![CDATA[8月16日付けのブログ記事で｢企業は政府に頼らず、イノベーションに向け、自前で人財と組織スキの育成を｣という主張をしましたが、これに関連すると私が感じた記事が、8月12日の日経新聞の経済教室に載っていました。一橋大学の伊藤邦雄先生の「経営革新へ視野広げよ」という記事で、曰く： **************************************** ・・・・・では未来に向け「失われた20年」の呪縛からどう脱却すべきか。第一に、人材育成を変革すべきだ。・・・・・一言でいえば、全体最適型プロデューサーを早急に育成すべきだろう。日本企業の競争力低下は、モノづくりの強みに特化し、事業システムを構成する「部分」の強みばかり磨いてきた点に原因がある。それが「利益の単泉化」現象を生み、せっかくの高品質の製品もやがてコモディティ化し、価格競争に追い込まれるパターンに陥った。今後は事業システム全体を構想・設計し、「利益の多泉化」を実現できる人材を育成すべきだ。・・・・・技術や・・・・・製造・設計やエンジニアリング、運営ソフトといった「部分」を全体最適システムとして構築できる人材が必要だ。・・・・・ **************************************** 伊藤先生は、この文章の中で、「80年代の総合型経営における、ジェネラリスト型人材⇒90年代の自立分権型経営における、スペシャリスト型人材⇒21世紀の全体最適型経営における、全体最適型プロデューサー」との指摘もされていますが、私のこのブログでは、イノベーションにおける全体最適型プロデューサーを、短く「統合型人財」と名付けました。 さてここからは私の提案なのですが、この「統合型人財」を如何に育成するかを具体的に考えてみたいと思います。結論から言うと、実際のR&#38;Dテーマの戦略検討・検証を行う「R&#38;Dテーマブラッシュアップ・ワークショップ」を通じた、技術者のビジネスマインド＆ハート＆コミットメント（頭と心と志）の育成・底上げです。以下、この取り組みのポイントを記してみます。 ①育成対象：　ある程度の規模感を持つR&#38;Dテーマの、現在のリーダーないしサブリーダークラスの人達およびその候補者。。。実課題への取り組みにより高い研修効果を狙う、という意味では、ここ10年ほど色々な企業で、いわゆるアクションラーニングとして実施されてきました。ただこの場合は、全対象層のせいぜい10~30%という選抜層限定で実施されることがほとんどでした。 今回の｢R&#38;Dテーマブラッシュアップ・ワークショップ｣では、組織全体としての底上げ効果を狙うため、「うーん、この人たちは資質から言って、技術のスペシャリストのみとして活躍してもらった方が、会社への貢献としてベターだな」という人達を除いた、概ね50~70%程度の人たちを対象として想定しています。 ②俎上に載せるR&#38;Dテーマの規模感：　最低数人がフルタイムで取り組んでいる規模のR&#38;Dテーマを対象。。。一人の研究者がパートタイム的に技術の可能性について試行的に取り組む、探索初期段階のテーマではなく、ある程度技術の出口としての製品・サービス・事業の姿が想定されているテーマ（。。。その姿が複数あったり、あいまいさを残していても構いません。） ③明らかに「巡航速度」のやり方でOK、というものではない現行テーマのほぼすべて：　「このテーマは今のやり方で頑張っていくのがベスト」ということが、あまりにも明確なテーマを対象とすると、検討に取り組む人たちが「自分たちの検討の貢献」が実感できず、意欲がわかないので、そうしたテーマは除くということです。　　 ④5～6人で1チームを構成：　様々なスキルや経験を持った人たちのチームで取り組むことで、相互刺激や学びあいが期待できます。その際、チームメンバーの中に当該R&#38;Dテーマの担当者が入っていても構いませんが、そうでない人たちが必ず入ることで、現状計画・戦略への遠慮から「ネバならない&#8212;&#8211;大本営発表」的な、“Justification/よいしょ！”的な検討結果に陥ることを未然に防ぐことができます。また、R&#38;D部門の人達のみならず、営業・マーケティング・製造・知財といった他機能の人達との混成チームが組めれば、なお望ましいと思います。 ⑤ブラッシュアップに向けた提言の作成：　ディシジョンマネジメントその他のアプローチを活用して、【A.ビジネスアナリシスとそれに基づく戦略構想構築という「未来マーケティング」】と、【B.その戦略構想を念頭に置いたフレーミング、複数の戦略代替案設定、定量的リスクリターンにもとづく洞察の抽出という「進路決定フレーム」】に実際に取り組みます。 ⑥検討結果を、取り上げたテーマの担当チームやその上のレベルのマネジメントに発表し、フィードバックを得る：　これにより、育成対象者たちの「統合型スキル」のレベルアップを図り、同時に副産物として、担当チームや上のレベルのマネジメントにとっての、取り上げたテーマのブラッシュアップに向けたヒントの獲得も期待できます。 少し長くなってきたので、続きは次回のブログ記事に書き継いで行きます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
8月16日付けのブログ記事で｢企業は政府に頼らず、イノベーションに向け、自前で人財と組織スキの育成を｣という主張をしましたが、これに関連すると私が感じた記事が、8月12日の日経新聞の経済教室に載っていました。一橋大学の伊藤邦雄先生の「経営革新へ視野広げよ」という記事で、曰く：<br />
<br />
****************************************<br />
<br />
・・・・・では未来に向け「失われた20年」の呪縛からどう脱却すべきか。第一に、人材育成を変革すべきだ。・・・・・一言でいえば、全体最適型プロデューサーを早急に育成すべきだろう。日本企業の競争力低下は、モノづくりの強みに特化し、事業システムを構成する「部分」の強みばかり磨いてきた点に原因がある。それが「利益の単泉化」現象を生み、せっかくの高品質の製品もやがてコモディティ化し、価格競争に追い込まれるパターンに陥った。今後は事業システム全体を構想・設計し、「利益の多泉化」を実現できる人材を育成すべきだ。・・・・・技術や・・・・・製造・設計やエンジニアリング、運営ソフトといった「部分」を全体最適システムとして構築できる人材が必要だ。・・・・・<br />
<br />
****************************************<br />
<br />
伊藤先生は、この文章の中で、「80年代の総合型経営における、ジェネラリスト型人材⇒90年代の自立分権型経営における、スペシャリスト型人材⇒21世紀の全体最適型経営における、全体最適型プロデューサー」との指摘もされていますが、私のこのブログでは、イノベーションにおける全体最適型プロデューサーを、短く「統合型人財」と名付けました。<br />
<br />
さてここからは私の提案なのですが、この「統合型人財」を如何に育成するかを具体的に考えてみたいと思います。結論から言うと、実際のR&amp;Dテーマの戦略検討・検証を行う「R&amp;Dテーマブラッシュアップ・ワークショップ」を通じた、技術者のビジネスマインド＆ハート＆コミットメント（頭と心と志）の育成・底上げです。以下、この取り組みのポイントを記してみます。<br />
<br />
①育成対象：　ある程度の規模感を持つR&amp;Dテーマの、現在のリーダーないしサブリーダークラスの人達およびその候補者。。。実課題への取り組みにより高い研修効果を狙う、という意味では、ここ10年ほど色々な企業で、いわゆるアクションラーニングとして実施されてきました。ただこの場合は、全対象層のせいぜい10~30%という選抜層限定で実施されることがほとんどでした。<br />
<br />
今回の｢R&amp;Dテーマブラッシュアップ・ワークショップ｣では、組織全体としての底上げ効果を狙うため、「うーん、この人たちは資質から言って、技術のスペシャリストのみとして活躍してもらった方が、会社への貢献としてベターだな」という人達を除いた、概ね50~70%程度の人たちを対象として想定しています。<br />
<br />
②俎上に載せるR&amp;Dテーマの規模感：　最低数人がフルタイムで取り組んでいる規模のR&amp;Dテーマを対象。。。一人の研究者がパートタイム的に技術の可能性について試行的に取り組む、探索初期段階のテーマではなく、ある程度技術の出口としての製品・サービス・事業の姿が想定されているテーマ（。。。その姿が複数あったり、あいまいさを残していても構いません。）<br />
<br />
③明らかに「巡航速度」のやり方でOK、というものではない現行テーマのほぼすべて：　「このテーマは今のやり方で頑張っていくのがベスト」ということが、あまりにも明確なテーマを対象とすると、検討に取り組む人たちが「自分たちの検討の貢献」が実感できず、意欲がわかないので、そうしたテーマは除くということです。　　<br />
<br />
④5～6人で1チームを構成：　様々なスキルや経験を持った人たちのチームで取り組むことで、相互刺激や学びあいが期待できます。その際、チームメンバーの中に当該R&amp;Dテーマの担当者が入っていても構いませんが、そうでない人たちが必ず入ることで、現状計画・戦略への遠慮から「ネバならない&#8212;&#8211;大本営発表」的な、“Justification/よいしょ！”的な検討結果に陥ることを未然に防ぐことができます。また、R&amp;D部門の人達のみならず、営業・マーケティング・製造・知財といった他機能の人達との混成チームが組めれば、なお望ましいと思います。<br />
<br />
⑤ブラッシュアップに向けた提言の作成：　ディシジョンマネジメントその他のアプローチを活用して、【A.ビジネスアナリシスとそれに基づく戦略構想構築という「未来マーケティング」】と、【B.その戦略構想を念頭に置いたフレーミング、複数の戦略代替案設定、定量的リスクリターンにもとづく洞察の抽出という「進路決定フレーム」】に実際に取り組みます。<br />
<br />
⑥検討結果を、取り上げたテーマの担当チームやその上のレベルのマネジメントに発表し、フィードバックを得る：　これにより、育成対象者たちの「統合型スキル」のレベルアップを図り、同時に副産物として、担当チームや上のレベルのマネジメントにとっての、取り上げたテーマのブラッシュアップに向けたヒントの獲得も期待できます。<br />
<br />
少し長くなってきたので、続きは次回のブログ記事に書き継いで行きます。</p>
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		<title>イノベーションにおける政府の成長戦略・補助金についての追加論点。。。こぼれ話</title>
		<link>http://decision-mind.com/?p=1469</link>
		<comments>http://decision-mind.com/?p=1469#comments</comments>
		<pubDate>Sat, 21 Aug 2010 02:07:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[「イノベーション・マネジメント」]]></category>

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		<description><![CDATA[8月16日にアップした、「イノベーションは自らの力で実現しよう。。。政府の成長戦略や補助金を当てにせず、自前で人財と組織スキル育成を行って真剣に取り組むのが基本！」という記事の補足・追加です。この記事を書いたあと、昨年ディシジョンラボのプログラムでお手伝いしたA社での経験とその時の参加者の方々との会話を思い出したので、ここで紹介してみます。 ①政府のR&#38;Dテーマへの補助金への応募についての、参加者Kさんのエピソード：　地球温暖化関連のR&#38;Dテーマに補助金がつくという制度があり、この制度にまさに応募しようとしていた、あるテーマにKさんが反対した、という話です。 当初社内の大勢は、「うちで全額出すなら、もっときちんとした検討が必要だけど、必要金額の半分を国が出してくれるんだから応募したらいいじゃないか」との論調だったそうです。これに対しKさんは、「でも半額は、うちが出さなきゃならないんですよ。しかもR&#38;Dの成果を事業化することになれば、R&#38;D費用とは比較にならない額の投資と費用、そしてリスクを負うことになるのです。従って、R&#38;D費用の半分を国が出してくれるからと言って、安易に応募すべきではないでしょう！」と言って、安易な応募に反対したのだそうです。 まさに、Ｋさんの言う通りですね。そして、もし当初社内であったような論調で応募したR&#38;Dテーマに対して国の補助金が支出されるとしたら、一国民の立場からすると税金の無駄遣いということにもなります。 ②投資回収に長期間かかる新規事業テーマについての、例外的な、政府の成長戦略・補助金の有用性に関する考察：　Kさんとは別のチームで取り上げた、地球温暖化防止に関連する事業テーマがあったのですが、ここで立案した戦略案は、トータル20年間の「差引儲かり総額」としては十分魅力的な採算性があったのですが、累積収益がプラスに転じるまで約8年を要し、累積赤字の最大額が、A社のトータルキャッシュフロー上、無視できないほどの大きさとなり、提案としてはかなり悩ましいものとなりました。 結局はトップの判断で、リスクをコントロールするため、数年間「ビジネスR&#38;D」として取り組み、その結果を見てより思い切った投資をする、という結論になりました。。。ここで言う「ビジネスR&#38;D」というのは、ビジネスとしての成功に向けて、その立ち上げにベストを尽くしつつも、本当に本格的な投資を伴う段階に進む価値があるか＆本格段階での成功のために何が重要かを見極めることを目的に、期間と経営資源投入量をあらかじめ限定して取り組む、「ビジネスとしてのR&#38;D（=研究開発）」という意味の造語です。 この「ビジネスR&#38;D」という判断は、一民間企業として極めて妥当なものだと思うのですが、私が感じたのは、こうした一民間企業としてはキャッシュフロー上きわめて苦しくリスクは大きいものの、長期的にみれば十分以上の採算性を持ち、しかも国の長期方針である「地球温暖化防止」に積極貢献するような事業こそが、国が補助金や税金優遇をすべき対象ではないか、ということです。もちろん、①で触れたような「モラル・ハザード」を起こさないように厳格な審査が必要ですし、かつ長期間では収益が確保できるはずですから、収益が上がった時点で国に補助金を返させる、というやり方を取ることも有効だと思います。 以上2点、8月16日の記事の補足的こぼれ話としてご覧いただければ幸いです。 P.S.　なお上の文章中、「補助金」という言葉を使いましたが、正式には「助成金」とか何とか別の名称かもしれません。文章の主旨上は大きな問題でないということで、そのあたりはご容赦ください。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
8月16日にアップした、「イノベーションは自らの力で実現しよう。。。政府の成長戦略や補助金を当てにせず、自前で人財と組織スキル育成を行って真剣に取り組むのが基本！」という記事の補足・追加です。この記事を書いたあと、昨年ディシジョンラボのプログラムでお手伝いしたA社での経験とその時の参加者の方々との会話を思い出したので、ここで紹介してみます。<br />
<br />
①政府のR&amp;Dテーマへの補助金への応募についての、参加者Kさんのエピソード：　地球温暖化関連のR&amp;Dテーマに補助金がつくという制度があり、この制度にまさに応募しようとしていた、あるテーマにKさんが反対した、という話です。<br />
<br />
当初社内の大勢は、「うちで全額出すなら、もっときちんとした検討が必要だけど、必要金額の半分を国が出してくれるんだから応募したらいいじゃないか」との論調だったそうです。これに対しKさんは、「でも半額は、うちが出さなきゃならないんですよ。しかもR&amp;Dの成果を事業化することになれば、R&amp;D費用とは比較にならない額の投資と費用、そしてリスクを負うことになるのです。従って、R&amp;D費用の半分を国が出してくれるからと言って、安易に応募すべきではないでしょう！」と言って、安易な応募に反対したのだそうです。<br />
<br />
まさに、Ｋさんの言う通りですね。そして、もし当初社内であったような論調で応募したR&amp;Dテーマに対して国の補助金が支出されるとしたら、一国民の立場からすると税金の無駄遣いということにもなります。<br />
<br />
②投資回収に長期間かかる新規事業テーマについての、例外的な、政府の成長戦略・補助金の有用性に関する考察：　Kさんとは別のチームで取り上げた、地球温暖化防止に関連する事業テーマがあったのですが、ここで立案した戦略案は、トータル20年間の「差引儲かり総額」としては十分魅力的な採算性があったのですが、累積収益がプラスに転じるまで約8年を要し、累積赤字の最大額が、A社のトータルキャッシュフロー上、無視できないほどの大きさとなり、提案としてはかなり悩ましいものとなりました。<br />
<br />
結局はトップの判断で、リスクをコントロールするため、数年間「ビジネスR&amp;D」として取り組み、その結果を見てより思い切った投資をする、という結論になりました。。。ここで言う「ビジネスR&amp;D」というのは、ビジネスとしての成功に向けて、その立ち上げにベストを尽くしつつも、本当に本格的な投資を伴う段階に進む価値があるか＆本格段階での成功のために何が重要かを見極めることを目的に、期間と経営資源投入量をあらかじめ限定して取り組む、「ビジネスとしてのR&amp;D（=研究開発）」という意味の造語です。<br />
<br />
この「ビジネスR&amp;D」という判断は、一民間企業として極めて妥当なものだと思うのですが、私が感じたのは、こうした一民間企業としてはキャッシュフロー上きわめて苦しくリスクは大きいものの、長期的にみれば十分以上の採算性を持ち、しかも国の長期方針である「地球温暖化防止」に積極貢献するような事業こそが、国が補助金や税金優遇をすべき対象ではないか、ということです。もちろん、①で触れたような「モラル・ハザード」を起こさないように厳格な審査が必要ですし、かつ長期間では収益が確保できるはずですから、収益が上がった時点で国に補助金を返させる、というやり方を取ることも有効だと思います。<br />
<br />
以上2点、8月16日の記事の補足的こぼれ話としてご覧いただければ幸いです。<br />
<br />
P.S.　なお上の文章中、「補助金」という言葉を使いましたが、正式には「助成金」とか何とか別の名称かもしれません。文章の主旨上は大きな問題でないということで、そのあたりはご容赦ください。</p>
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		<title>イノベーション（技術を核とした新たな事業価値創造）は自らの力で実現しよう。。。政府の成長戦略や補助金の類をあてにせず、自前で人財と組織スキル育成を行って真剣に取り組むのが基本！</title>
		<link>http://decision-mind.com/?p=1438</link>
		<comments>http://decision-mind.com/?p=1438#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 16 Aug 2010 04:26:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[「イノベーション・マネジメント」]]></category>

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		<description><![CDATA[8月9日の日経ビジネスの「直言極言」というコラムに、農業生産法人・グリンリーフ社長の澤浦彰治という人が、「『6次産業化』の落とし穴」というタイトルで、安易な補助金による成長戦略の危険性を指摘していました。少し引用してみます。： ******************************************** 「農業の6次産業化」という言葉をご存じだろうか。　農産物の生産（1次産業）だけでなく、加工（2次産業）や販売（3次産業）までを手掛けて付加価値を高める農業のあり方で、1x2x3=6次産業と称している。農林水産省だけでなく、経済産業省も・・・・・民主党も・・・・・私も大賛成だ。・・・・・ただし、やり方によっては大きな禍根を残すことになりかねない。こうした政策は得てして「ハード優先」になりがちだからだ。・・・・・販売力がないのに、補助金が出るからといって身の丈に合わない投資をすると、過大な償却費や固定費が吸収できず失敗する。冷静に考えれば当たり前だが、政府の誘導次第ではこんなことが各地で起きかねない。もう1つ大切なのは人作り。6次産業化には作物を栽培することに加え、お客様との関係作り、工場の運営、商品開発、営業、マーケティングなど、様々な能力を持った“人財”が必要になる。こうした人を育てるには時間がかかり、目に見えないのでお金をかけることを躊躇する。しかし、人を育てること抜きに6次産業は成り立たない。・・・・・ ******************************************** このコラム記事自体は農業の振興についてのものですが、今回のブログ記事で私が言いたいことは、なんとなく察しがついたかと思います。。。そうです！　 上の「6次産業」を「イノベーション」に、そして「作物を栽培する」を「技術を開発する」に置き換えれば、イノベーション即ち「技術を核とした新たな事業価値創造」における、政府の補助金やR&#38;D減税を頼る発想の戒めになり、またイノベーションにおける「事業価値創造スキル」をもった人財育成の重要性に、そっくりそのまま当てはまると感じた次第です。 そして以下は、澤浦氏の論点からはずれるかもしれませんが、私の主張です。 国には、企業が自前で取り組む際の邪魔になるような規制をやめてもらうことを基本とし、それ以上のことを望まない。そして国は、余計な補助金をつけたりR&#38;D減税にお金を使うのでなく、その分を法人税引き下げ原資にまわし、それにより自由度を増した各企業が自らの努力と競争で成長をつかみ取っていく、という気概を各企業が持ち実務に取り組んでいく、ということです。 ⇒当然それは、自由度を活用する努力をしない企業や努力の仕方がうまくない企業が滅んでいくこともやむなし、という覚悟を国も企業も持つことでもあります。（もちろん、その際、残念ながら職を失うことになる人達に対するミニマムのセーフティネットを社会として持つ、という仕組みを整えておくことも補完策として必要でしょうが、これはあくまで補完策と位置付けるべきでしょう。） 同じく日経ビジネスの7月26日号にユニリーバの企業研究が載っており、その中に「・・・・研究開発は大きな成果を見込めるものに絞り込んだ。2005年には5000件を超えていたプロジェクトは2009年には約700件に減り、1件当たりのプロジェクトの大きさは平均で10倍になった。・・・・・」という記述がありました。 こうした思い切ったアプローチに日本企業もぜひ取り組んでもらいたいと願っていますが、「思い切った絞り込み」は当然、将来の宝の種・芽・苗をも殺してしまうリスクもはらんでいるわけで、こういったリスクを適切にマネージするためにも、上の「自前での人財育成とそれに基づく組織スキル構築」とワンセットで進めて行くことが重要です。 その際、なかなか続編が書けずにいる、「実務家のためのイノベーション・マネジメント」（「その1」を7月8日に掲載済み）の今後の私のブログ記事を参考にしてもらえればと願っています。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
8月9日の日経ビジネスの「直言極言」というコラムに、農業生産法人・グリンリーフ社長の澤浦彰治という人が、「『6次産業化』の落とし穴」というタイトルで、安易な補助金による成長戦略の危険性を指摘していました。少し引用してみます。：<br />
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「農業の6次産業化」という言葉をご存じだろうか。　農産物の生産（1次産業）だけでなく、加工（2次産業）や販売（3次産業）までを手掛けて付加価値を高める農業のあり方で、1x2x3=6次産業と称している。農林水産省だけでなく、経済産業省も・・・・・民主党も・・・・・私も大賛成だ。・・・・・ただし、やり方によっては大きな禍根を残すことになりかねない。こうした政策は得てして「ハード優先」になりがちだからだ。・・・・・販売力がないのに、補助金が出るからといって身の丈に合わない投資をすると、過大な償却費や固定費が吸収できず失敗する。冷静に考えれば当たり前だが、政府の誘導次第ではこんなことが各地で起きかねない。もう1つ大切なのは人作り。6次産業化には作物を栽培することに加え、お客様との関係作り、工場の運営、商品開発、営業、マーケティングなど、様々な能力を持った“人財”が必要になる。こうした人を育てるには時間がかかり、目に見えないのでお金をかけることを躊躇する。しかし、人を育てること抜きに6次産業は成り立たない。・・・・・<br />
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このコラム記事自体は農業の振興についてのものですが、今回のブログ記事で私が言いたいことは、なんとなく察しがついたかと思います。。。そうです！　<br />
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上の「6次産業」を「イノベーション」に、そして「作物を栽培する」を「技術を開発する」に置き換えれば、イノベーション即ち「技術を核とした新たな事業価値創造」における、政府の補助金やR&amp;D減税を頼る発想の戒めになり、またイノベーションにおける「事業価値創造スキル」をもった人財育成の重要性に、そっくりそのまま当てはまると感じた次第です。<br />
<br />
そして以下は、澤浦氏の論点からはずれるかもしれませんが、私の主張です。<br />
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国には、企業が自前で取り組む際の邪魔になるような規制をやめてもらうことを基本とし、それ以上のことを望まない。そして国は、余計な補助金をつけたりR&amp;D減税にお金を使うのでなく、その分を法人税引き下げ原資にまわし、それにより自由度を増した各企業が自らの努力と競争で成長をつかみ取っていく、という気概を各企業が持ち実務に取り組んでいく、ということです。<br />
<br />
⇒当然それは、自由度を活用する努力をしない企業や努力の仕方がうまくない企業が滅んでいくこともやむなし、という覚悟を国も企業も持つことでもあります。（もちろん、その際、残念ながら職を失うことになる人達に対するミニマムのセーフティネットを社会として持つ、という仕組みを整えておくことも補完策として必要でしょうが、これはあくまで補完策と位置付けるべきでしょう。）<br />
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同じく日経ビジネスの7月26日号にユニリーバの企業研究が載っており、その中に「・・・・研究開発は大きな成果を見込めるものに絞り込んだ。2005年には5000件を超えていたプロジェクトは2009年には約700件に減り、1件当たりのプロジェクトの大きさは平均で10倍になった。・・・・・」という記述がありました。<br />
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こうした思い切ったアプローチに日本企業もぜひ取り組んでもらいたいと願っていますが、「思い切った絞り込み」は当然、将来の宝の種・芽・苗をも殺してしまうリスクもはらんでいるわけで、こういったリスクを適切にマネージするためにも、上の「自前での人財育成とそれに基づく組織スキル構築」とワンセットで進めて行くことが重要です。<br />
<br />
その際、なかなか続編が書けずにいる、「実務家のためのイノベーション・マネジメント」（「その1」を7月8日に掲載済み）の今後の私のブログ記事を参考にしてもらえればと願っています。</p>
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		<title>【「官僚支配」v.s.「脱官僚」】発想を超えて、【活官僚＆立場の異なる協働作業者のコラボレーション】発想へ。。。大阪府のお手伝いをしてみての実感</title>
		<link>http://decision-mind.com/?p=1413</link>
		<comments>http://decision-mind.com/?p=1413#comments</comments>
		<pubDate>Tue, 10 Aug 2010 15:16:24 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[「仕事関連」]]></category>

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		<description><![CDATA[前回に続き、大阪府へのお手伝いの中で感じたことを書いてみます。 4月以来、ある一つの大きめの戦略課題への取り組みを、担当部署のスタッフの方々と進めています。最初は、官僚の人たちと仕事をするのは私にとって初めての経験なので、やり取りの感覚をつかむのに少し苦労しましたが、今ではそうした問題はなく、課題自体の難しさに対してチームとして一緒に取り組む、というコラボレーション関係ができてきました。 コラボレーションを通じて感じるのは、官僚スタッフの人達の持つ、専門分野での知識の広さと深さ、そして検討に取り組むうえでの優秀さと真剣さです。ただし、前回のブログ記事でも触れたように、様々な方面からの「揚げ足取り」を避けようとするため、仕事を非常に厳密にやろうとする傾向が強く、「インテリジェントえいやー」的発想に当初は戸惑いを示したり、また、自分たちの専門外のことへの取り組みには消極的な傾向があったり、というのも事実なので、そうした点を納得感を持って克服するためにいろいろ腹を割った議論をしつつ、進めているところです。 官僚の人達の優秀さ、知識の深さ・広さを実際に目の当たりにすると、いわゆる「脱官僚」とか「官僚バッシング」とかいうのが、如何に無意味なものか、という感覚を強く持ちました。そして同時に、「官僚抜きの政治主導」の愚、とも感じます。 そもそも「官僚抜きの政治主導」が高いクオリティで実行できるなら、専門性の高い官僚を置いておくこと自体、税金の無駄遣いであり、逆に「官僚抜きの政治主導」のクオリティが極めて低いものになるなら（⇒私は、そうなると感じていますが）、せっかく税金を投じて集めた官僚の知識とかれらの優秀さを使わない政治家は、国民からの責めを負うべき、ということになるからです。 土台、「官僚抜きの政治主導」は、理屈として成り立たずナンセンスです。政治家がスーパーマンでない限り、政治家としての見識を持つための活動と知識蓄積を行いつつ、同時に官僚の持つ知識蓄積を行う活動をできるはずがないからです。必然的に両者は「立場の異なる協働作業者」であるべきであり、政治家は官僚を使いこなすことが役割であり、そのためのスキルが求められます。 両者の役割を、民間企業でのアナロジーで考えれば、政治家はディシジョンボード（トップ：意思決定者グループ）、官僚はプロジェクトチーム（ミドル：検討のたたき台をつくる作業グループ）ということになると思います。戦略策定から意思決定とその実行には次の6ステップがありますが、いずれもたたき台作りにプロジェクトチーム（官僚）の力を活用するものの、それをどう判断し、またブラッシュアップをリードして行くかは、当然ディシジョンボード側（=政治家）の役割です。 ①戦略アジェンダ（重要戦略課題のリスト）作り ②各課題ごとの検討体制の設定 ③各課題についてのフレーミング（枠組み設定）。。。この中には、複数の価値判断尺度のリストアップも含まれます ④複数の戦略代替案の設定 ⑤各戦略代替案の、複数の価値判断尺度に照らしての、定量的＆定性的測定・評価 ⑥測定・評価結果に基づく、トレードオフ関係まで含めた最終判断と、実行の指示 ⑦さらに、戦略アジェンダの中の複数の戦略課題相互の関連性や資源配分についての判断と指示 上記の①、②、③、⑥、⑦については、とくに政治家側の主体的取り組みと判断が求められますが、これらについてすらも、官僚の持つ知識や知恵を活用した、ある程度のたたき台は有効でしょう。。。ただし、もちろん放っておくと官僚の縦割り意識の習性で、省庁や部局を超えた部門横断的取り組みや発想は出てきにくいので、そこに国民・住民の民意を代表し、また国や自治体の理想形をどう考えるかといった政治家・政党のビジョンを反映させることの重要性は、言うまでもありません。 。。。ちなみに私の友人の元中央官庁出身の人の言葉によれば、「省庁が違うことは、民間でいえば会社が別ということに等しいから、役人が省庁を超えた発想で課題に取り組んだり、省庁横断的な体制で検討するなんてことはありえない」のだそうで、だからこそ政治家には、そういった縦割り意識や仕事を打破するためのリーダーシップが求められるのだと思います。 民間企業でも、上の作業は困難を極め、必ずしも理想通りには行かないのが実情ですが、国や自治体の場合は、「取り組む課題がさらに複雑」&#38;「利害関係者が極めて数多く存在する」&#38;「価値判断尺度の数が多い」&#38;「国民・住民の民意なるものが実にわかりにくい」＆さらに「省庁が違うことは会社が違うに等しい」、という4重苦、5重苦の難しさがあります。 そうした困難に対し、官僚の限界を知りつつも、官僚の知識や知恵や労力を活用せずに政治家だけで全て決める、なんていうスタンスは「地に足のつかない幻想」としか思えないわけです。政治家には、「立場の異なる協働作業者」としての官僚を使いこなす発想を持ち、そのためのスキルを磨いてもらいたいものだと切に願うものです。 加えて言えば、その際きわめて重要なのは、官僚側に「『立場の異なる協働作業者』としての政治家と、チームとして一緒に働きたい」とモーティベイト（動機づけ）する度量、人間性、そして技量であろうとも感じます。 以上のポイントにつき、まだ手伝い始めて日が浅いですが、大阪府ではかなり良好な、政治家と官僚のコラボレーションができている、ないし、できつつある、という感触を持っています。私も、特別参与としてのお手伝いを通じて、この「立場の異なる協働作業者」同士のコラボレーションのさらなる強化に、少しでも役立てればと願っている次第です。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
前回に続き、大阪府へのお手伝いの中で感じたことを書いてみます。<br />
<br />
4月以来、ある一つの大きめの戦略課題への取り組みを、担当部署のスタッフの方々と進めています。最初は、官僚の人たちと仕事をするのは私にとって初めての経験なので、やり取りの感覚をつかむのに少し苦労しましたが、今ではそうした問題はなく、課題自体の難しさに対してチームとして一緒に取り組む、というコラボレーション関係ができてきました。<br />
<br />
コラボレーションを通じて感じるのは、官僚スタッフの人達の持つ、専門分野での知識の広さと深さ、そして検討に取り組むうえでの優秀さと真剣さです。ただし、前回のブログ記事でも触れたように、様々な方面からの「揚げ足取り」を避けようとするため、仕事を非常に厳密にやろうとする傾向が強く、「インテリジェントえいやー」的発想に当初は戸惑いを示したり、また、自分たちの専門外のことへの取り組みには消極的な傾向があったり、というのも事実なので、そうした点を納得感を持って克服するためにいろいろ腹を割った議論をしつつ、進めているところです。<br />
<br />
官僚の人達の優秀さ、知識の深さ・広さを実際に目の当たりにすると、いわゆる「脱官僚」とか「官僚バッシング」とかいうのが、如何に無意味なものか、という感覚を強く持ちました。そして同時に、「官僚抜きの政治主導」の愚、とも感じます。<br />
<br />
そもそも「官僚抜きの政治主導」が高いクオリティで実行できるなら、専門性の高い官僚を置いておくこと自体、税金の無駄遣いであり、逆に「官僚抜きの政治主導」のクオリティが極めて低いものになるなら（⇒私は、そうなると感じていますが）、せっかく税金を投じて集めた官僚の知識とかれらの優秀さを使わない政治家は、国民からの責めを負うべき、ということになるからです。<br />
<br />
土台、「官僚抜きの政治主導」は、理屈として成り立たずナンセンスです。政治家がスーパーマンでない限り、政治家としての見識を持つための活動と知識蓄積を行いつつ、同時に官僚の持つ知識蓄積を行う活動をできるはずがないからです。必然的に両者は「立場の異なる協働作業者」であるべきであり、政治家は官僚を使いこなすことが役割であり、そのためのスキルが求められます。<br />
<br />
両者の役割を、民間企業でのアナロジーで考えれば、政治家はディシジョンボード（トップ：意思決定者グループ）、官僚はプロジェクトチーム（ミドル：検討のたたき台をつくる作業グループ）ということになると思います。戦略策定から意思決定とその実行には次の6ステップがありますが、いずれもたたき台作りにプロジェクトチーム（官僚）の力を活用するものの、それをどう判断し、またブラッシュアップをリードして行くかは、当然ディシジョンボード側（=政治家）の役割です。<br />
<br />
①戦略アジェンダ（重要戦略課題のリスト）作り<br />
<br />
②各課題ごとの検討体制の設定<br />
<br />
③各課題についてのフレーミング（枠組み設定）。。。この中には、複数の価値判断尺度のリストアップも含まれます<br />
<br />
④複数の戦略代替案の設定<br />
<br />
⑤各戦略代替案の、複数の価値判断尺度に照らしての、定量的＆定性的測定・評価<br />
<br />
⑥測定・評価結果に基づく、トレードオフ関係まで含めた最終判断と、実行の指示<br />
<br />
⑦さらに、戦略アジェンダの中の複数の戦略課題相互の関連性や資源配分についての判断と指示<br />
<br />
上記の①、②、③、⑥、⑦については、とくに政治家側の主体的取り組みと判断が求められますが、これらについてすらも、官僚の持つ知識や知恵を活用した、ある程度のたたき台は有効でしょう。。。ただし、もちろん放っておくと官僚の縦割り意識の習性で、省庁や部局を超えた部門横断的取り組みや発想は出てきにくいので、そこに国民・住民の民意を代表し、また国や自治体の理想形をどう考えるかといった政治家・政党のビジョンを反映させることの重要性は、言うまでもありません。<br />
<br />
。。。ちなみに私の友人の元中央官庁出身の人の言葉によれば、「省庁が違うことは、民間でいえば会社が別ということに等しいから、役人が省庁を超えた発想で課題に取り組んだり、省庁横断的な体制で検討するなんてことはありえない」のだそうで、だからこそ政治家には、そういった縦割り意識や仕事を打破するためのリーダーシップが求められるのだと思います。<br />
<br />
民間企業でも、上の作業は困難を極め、必ずしも理想通りには行かないのが実情ですが、国や自治体の場合は、「取り組む課題がさらに複雑」&amp;「利害関係者が極めて数多く存在する」&amp;「価値判断尺度の数が多い」&amp;「国民・住民の民意なるものが実にわかりにくい」＆さらに「省庁が違うことは会社が違うに等しい」、という4重苦、5重苦の難しさがあります。<br />
<br />
そうした困難に対し、官僚の限界を知りつつも、官僚の知識や知恵や労力を活用せずに政治家だけで全て決める、なんていうスタンスは「地に足のつかない幻想」としか思えないわけです。政治家には、「立場の異なる協働作業者」としての官僚を使いこなす発想を持ち、そのためのスキルを磨いてもらいたいものだと切に願うものです。<br />
<br />
加えて言えば、その際きわめて重要なのは、官僚側に「『立場の異なる協働作業者』としての政治家と、チームとして一緒に働きたい」とモーティベイト（動機づけ）する度量、人間性、そして技量であろうとも感じます。<br />
<br />
以上のポイントにつき、まだ手伝い始めて日が浅いですが、大阪府ではかなり良好な、政治家と官僚のコラボレーションができている、ないし、できつつある、という感触を持っています。私も、特別参与としてのお手伝いを通じて、この「立場の異なる協働作業者」同士のコラボレーションのさらなる強化に、少しでも役立てればと願っている次第です。</p>
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		<item>
		<title>官僚から政治家への「レク」が必要な理由？。。。大阪府スタッフへのスキル・トレーニングを通じて感じたこと</title>
		<link>http://decision-mind.com/?p=1403</link>
		<comments>http://decision-mind.com/?p=1403#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 08 Aug 2010 21:53:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[「仕事関連」]]></category>

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		<description><![CDATA[今日は久しぶりに、4月から始めた大阪府へのお手伝いを通じて感じたことについて、続編を書いてみたいと思います。 6月11日のブログ記事に書いたように、4月からのお手伝いのメインは、ある一つの大きな戦略課題につき、課題のフレーミング・戦略代替案の設定・定量的リスクリターン分析を、自治体ならではの複数の価値判断尺度に照らして検討することなのですが、そのほかのことについても、私の持っているスキルで役立つことは時間の許す範囲でお手伝いしています。 後者の一つとして、6月に大阪府スタッフの方々向けに、「わかりやすい説明資料づくりのスキル」研修を、2回にわたって行いました。そもそもの発端は、今現在大阪府の改革検討作業の中で様々な個別テーマについて検討が進んでいるのですが、せっかく突っ込んだ良い分析や検討をしても、資料が分かりにくいためにオーディエンスに伝わりにくい、という問題意識があり、それを何とかするのを手伝ってくれないか、という要請でした。 確かに渡された資料を見ると、なかなか鋭く突っ込んだ分析・検討がなされており、各分析チャートから興味深い洞察が導き出されているのですが、それらから全体として何が言いたいのか、またそれに至るストーリーの道筋が分かりにくく、「で、それで？」については、オーディエンスがある種「判じ物」の解読をさせられる、という感じのものになっていました。 そこで、まず研修一回目の冒頭に、「one-page　one-message原則」（=1ページで伝えるメッセージは一つに絞り、それをクリアーに伝えられるようにチャートをつくる）とか、「（極端な言い方をすると）IQが20低い人でもわかるような、わかりやすいチャートとストーリーを心がける」とか、「（単なる）データ資料集⇒（少し改善された）洞察付き分析資料集⇒（オーディエンスのアクションにつながるような）メッセージを伝えるためのプレゼンテーション資料への進化」といった、「わかりやすい資料作りのための簡単な『心得集』」的なことを講義しました。 その上で、「洞察付き分析資料集」レベルにある、一つの個別事業分析の資料を俎上に載せ、それにつき担当者から他の参加者に説明をし内容を理解してもらった上で、先ほどの「心得集」の観点から、各ページの作り方やストーリー展開について、どのような改善が考えられるかを、2グループに分かれてディスカッションし、それを発表してもらい、お互いに助言しあってもらいました。またさらにそこに、担当者自身からの改善点の気付きをシェアしてもらい、私からの助言も行いました。 この第1回目セッションの後、各チームで「メッセージを伝えるためのプレゼンテーション資料」としての改善版を作成してもらい、約2週間後の第2回目セッションで発表＆質疑応答を行いました。両チームそれぞれ特徴のある、なかなかのレベルのものができており、担当者からも「とても参考になった」とのフィードバックが聞かれました。また参加者からは、「メッセージを伝えるためのプレゼンテーション資料」のコツがつかめた、といった感想が聞かれました。 その後、第2回目セッションの二つのアウトプットも参考に、担当者の方が、セッション前の「洞察付き分析資料集」レベルの「Beforeバージョン」を、「メッセージを伝えるためのプレゼンテーション資料」レベルの「Afterバージョン」へのブラッシュアップを行いました。 そして、第2回目セッションの3週間後に橋下知事に説明し、好評のフィードバックを受けることができました。お手伝いした私としても大変嬉しく、また、ぜひ今回の「Beforeバージョン」と「Afterバージョン」を、大阪府における「わかりやすい資料づくりのテキスト」的に活用していただきたいと願った次第です。 さて今日のブログ記事の本題はここからなのですが、今回の2回の研修とその後の大阪府のスタッフの方々とのやり取りを通じて、官僚から政治家への「レク」なるものがなぜ必要なのか、といったことにつき、下記のような感慨を持ちました。。。以下の文章は、私の感想・解釈が入っており、必ずしもスタッフの方々の言葉そのものではありません、念のため。（。。。この言い訳的文章自体、以下の文脈の意味での若干官僚的発想で、私も少し毒されつつあるのかもしれません。。。） スタッフの方々と話したところ、官僚の人達の基本的認識として、「メッセージを伝えるプレゼンテーション資料」という発想はもともと存在せず、したがってそうした教育・トレーニングは受けていないのだそうです。橋下知事の改革への取り組みで初めてこうした「メッセージを伝えるためのプレゼンテーション資料」づくりが必要になってきた、というわけです。 加えて、役所の資料は、ありとあらゆる立場の人が見、また批判（場合によっては揚げ足取り的なものも含めて）の対象となるため、できるだけ正確に。。。ということは、本質から外れない限り、細かいことは若干捨象しつつメッセージを伝える、というプレゼンテーションの発想とは相いれない発想からつくられる。。。、ということのようです。 なるほどなあ、と感じつつ、スタッフの方々には、「今後も、どうしても伝統的役所発想の資料づくりが必要な場面があるとは思いますが、ある程度本音で議論できる場面では、できるだけ『メッセージを伝えるためのプレゼンテーション資料』の発想を使ってください。その際、今回のBeforeバージョンとAfterバージョンを一つのテキストとして活用してください。」とお話ししました。 その時私が連想したのが、冒頭の「官僚から政治家への『レク』がなぜ必要なのか？/その理由とは？」という問題認識です。 今回の「Beforeバージョン」ですら、「洞察付き分析資料集」レベルであり、「メッセージを伝えるための説明資料」としては、それ以前の「（単なる）データ資料集」よりずっとましだったわけで、通常よほどの天才的頭脳の持ち主でなければ、「（単なる）データ資料集」を見せられて、「で、なんなの？　だからどうすればいいの？」を考え付く/見抜くことはほぼ不可能ではないか、と思います。 当該行政の膨大な知識について素人の政治家が、その任に就くとき、当然まずは基本的知識・認識を持つ必要があります。その時、官僚から渡された資料が「（単なる）データ資料集」であれば、官僚からの「レクチャー」（これを略して「レク」と呼ばれているようです）なしには理解不能であるのは当然でしょう。 「この『レク』を通じて、政治家が徐々に官僚側に取り込まれていく」などと、マスコミなら「官僚の狡知」を伝えたりするのでしょうが、今回の大阪府での私の経験からすると、実はそれほど悪意があるわけではなく、単に資料がわかりにくいために「レクチャー」が必要、ということなのではないかと思った次第です。 もちろん、官僚側が「メッセージを伝えるためのプレゼンテーション資料」づくりをすれば、そのメッセージなりストーリーにより官僚から政治家への洗脳がさらに酷くなる、という反論もありそうですが、少なくとも、短時間で何がメッセージか/ストーリーかを伝えてもらえば、それに対する違和感や変更の必要性、また新たな/別の切り口からの気付きができる程度の知的レベルは、当然政治家側にあるはずなので、その心配はそう大きくないと考えます。 むしろ避けるべきは、官僚側に特段悪意はないのに、わかりにくい資料のために長々としたレクが必要となり、その長い時間の中で政治家が知らず知らずのうちに官僚と同じ発想になってしまい、本来持っていた優れた着想・発想を活用できなくなってしまう、という事態なのではないかと感じるわけです。 官僚側が、ありとあらゆる「揚げ足取り」を未然に防ぐために、「鉄壁の守備」のわかりにくい資料を作ってしまい、それをわからせるための「レク」を通じて、せっかくの政治家の発想が官僚サイドに取り込まれ/なじんでしまい、「世論の大勢を正しい方向に導く」政治家の発想や役割が果たせなくなることを、ぜひとも防ぐ必要があると思います。そのための一助として、今回大阪府でやったような「メッセージを伝えるプレゼンテーション資料づくりのスキル」トレーニング的なものも役立つのではないかと思っています。 ごくごく短い、感想文的なブログ記事にするつもりが、またまた長くなってしまいました。。。反省、反省！]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
今日は久しぶりに、4月から始めた大阪府へのお手伝いを通じて感じたことについて、続編を書いてみたいと思います。<br />
<br />
6月11日のブログ記事に書いたように、4月からのお手伝いのメインは、ある一つの大きな戦略課題につき、課題のフレーミング・戦略代替案の設定・定量的リスクリターン分析を、自治体ならではの複数の価値判断尺度に照らして検討することなのですが、そのほかのことについても、私の持っているスキルで役立つことは時間の許す範囲でお手伝いしています。<br />
<br />
後者の一つとして、6月に大阪府スタッフの方々向けに、「わかりやすい説明資料づくりのスキル」研修を、2回にわたって行いました。そもそもの発端は、今現在大阪府の改革検討作業の中で様々な個別テーマについて検討が進んでいるのですが、せっかく突っ込んだ良い分析や検討をしても、資料が分かりにくいためにオーディエンスに伝わりにくい、という問題意識があり、それを何とかするのを手伝ってくれないか、という要請でした。<br />
<br />
確かに渡された資料を見ると、なかなか鋭く突っ込んだ分析・検討がなされており、各分析チャートから興味深い洞察が導き出されているのですが、それらから全体として何が言いたいのか、またそれに至るストーリーの道筋が分かりにくく、「で、それで？」については、オーディエンスがある種「判じ物」の解読をさせられる、という感じのものになっていました。<br />
<br />
そこで、まず研修一回目の冒頭に、「one-page　one-message原則」（=1ページで伝えるメッセージは一つに絞り、それをクリアーに伝えられるようにチャートをつくる）とか、「（極端な言い方をすると）IQが20低い人でもわかるような、わかりやすいチャートとストーリーを心がける」とか、「（単なる）データ資料集⇒（少し改善された）洞察付き分析資料集⇒（オーディエンスのアクションにつながるような）メッセージを伝えるためのプレゼンテーション資料への進化」といった、「わかりやすい資料作りのための簡単な『心得集』」的なことを講義しました。<br />
<br />
その上で、「洞察付き分析資料集」レベルにある、一つの個別事業分析の資料を俎上に載せ、それにつき担当者から他の参加者に説明をし内容を理解してもらった上で、先ほどの「心得集」の観点から、各ページの作り方やストーリー展開について、どのような改善が考えられるかを、2グループに分かれてディスカッションし、それを発表してもらい、お互いに助言しあってもらいました。またさらにそこに、担当者自身からの改善点の気付きをシェアしてもらい、私からの助言も行いました。<br />
<br />
この第1回目セッションの後、各チームで「メッセージを伝えるためのプレゼンテーション資料」としての改善版を作成してもらい、約2週間後の第2回目セッションで発表＆質疑応答を行いました。両チームそれぞれ特徴のある、なかなかのレベルのものができており、担当者からも「とても参考になった」とのフィードバックが聞かれました。また参加者からは、「メッセージを伝えるためのプレゼンテーション資料」のコツがつかめた、といった感想が聞かれました。<br />
<br />
その後、第2回目セッションの二つのアウトプットも参考に、担当者の方が、セッション前の「洞察付き分析資料集」レベルの「Beforeバージョン」を、「メッセージを伝えるためのプレゼンテーション資料」レベルの「Afterバージョン」へのブラッシュアップを行いました。<br />
<br />
そして、第2回目セッションの3週間後に橋下知事に説明し、好評のフィードバックを受けることができました。お手伝いした私としても大変嬉しく、また、ぜひ今回の「Beforeバージョン」と「Afterバージョン」を、大阪府における「わかりやすい資料づくりのテキスト」的に活用していただきたいと願った次第です。<br />
<br />
さて今日のブログ記事の本題はここからなのですが、今回の2回の研修とその後の大阪府のスタッフの方々とのやり取りを通じて、官僚から政治家への「レク」なるものがなぜ必要なのか、といったことにつき、下記のような感慨を持ちました。。。以下の文章は、私の感想・解釈が入っており、必ずしもスタッフの方々の言葉そのものではありません、念のため。（。。。この言い訳的文章自体、以下の文脈の意味での若干官僚的発想で、私も少し毒されつつあるのかもしれません。。。）<br />
<br />
スタッフの方々と話したところ、官僚の人達の基本的認識として、「メッセージを伝えるプレゼンテーション資料」という発想はもともと存在せず、したがってそうした教育・トレーニングは受けていないのだそうです。橋下知事の改革への取り組みで初めてこうした「メッセージを伝えるためのプレゼンテーション資料」づくりが必要になってきた、というわけです。<br />
<br />
加えて、役所の資料は、ありとあらゆる立場の人が見、また批判（場合によっては揚げ足取り的なものも含めて）の対象となるため、できるだけ正確に。。。ということは、本質から外れない限り、細かいことは若干捨象しつつメッセージを伝える、というプレゼンテーションの発想とは相いれない発想からつくられる。。。、ということのようです。<br />
<br />
なるほどなあ、と感じつつ、スタッフの方々には、「今後も、どうしても伝統的役所発想の資料づくりが必要な場面があるとは思いますが、ある程度本音で議論できる場面では、できるだけ『メッセージを伝えるためのプレゼンテーション資料』の発想を使ってください。その際、今回のBeforeバージョンとAfterバージョンを一つのテキストとして活用してください。」とお話ししました。<br />
<br />
その時私が連想したのが、冒頭の「官僚から政治家への『レク』がなぜ必要なのか？/その理由とは？」という問題認識です。<br />
<br />
今回の「Beforeバージョン」ですら、「洞察付き分析資料集」レベルであり、「メッセージを伝えるための説明資料」としては、それ以前の「（単なる）データ資料集」よりずっとましだったわけで、通常よほどの天才的頭脳の持ち主でなければ、「（単なる）データ資料集」を見せられて、「で、なんなの？　だからどうすればいいの？」を考え付く/見抜くことはほぼ不可能ではないか、と思います。<br />
<br />
当該行政の膨大な知識について素人の政治家が、その任に就くとき、当然まずは基本的知識・認識を持つ必要があります。その時、官僚から渡された資料が「（単なる）データ資料集」であれば、官僚からの「レクチャー」（これを略して「レク」と呼ばれているようです）なしには理解不能であるのは当然でしょう。<br />
<br />
「この『レク』を通じて、政治家が徐々に官僚側に取り込まれていく」などと、マスコミなら「官僚の狡知」を伝えたりするのでしょうが、今回の大阪府での私の経験からすると、実はそれほど悪意があるわけではなく、単に資料がわかりにくいために「レクチャー」が必要、ということなのではないかと思った次第です。<br />
<br />
もちろん、官僚側が「メッセージを伝えるためのプレゼンテーション資料」づくりをすれば、そのメッセージなりストーリーにより官僚から政治家への洗脳がさらに酷くなる、という反論もありそうですが、少なくとも、短時間で何がメッセージか/ストーリーかを伝えてもらえば、それに対する違和感や変更の必要性、また新たな/別の切り口からの気付きができる程度の知的レベルは、当然政治家側にあるはずなので、その心配はそう大きくないと考えます。<br />
<br />
むしろ避けるべきは、官僚側に特段悪意はないのに、わかりにくい資料のために長々としたレクが必要となり、その長い時間の中で政治家が知らず知らずのうちに官僚と同じ発想になってしまい、本来持っていた優れた着想・発想を活用できなくなってしまう、という事態なのではないかと感じるわけです。<br />
<br />
官僚側が、ありとあらゆる「揚げ足取り」を未然に防ぐために、「鉄壁の守備」のわかりにくい資料を作ってしまい、それをわからせるための「レク」を通じて、せっかくの政治家の発想が官僚サイドに取り込まれ/なじんでしまい、「世論の大勢を正しい方向に導く」政治家の発想や役割が果たせなくなることを、ぜひとも防ぐ必要があると思います。そのための一助として、今回大阪府でやったような「メッセージを伝えるプレゼンテーション資料づくりのスキル」トレーニング的なものも役立つのではないかと思っています。<br />
<br />
ごくごく短い、感想文的なブログ記事にするつもりが、またまた長くなってしまいました。。。反省、反省！</p>
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		<title>基本理念は「トレードオフ判断を伴う、やむにやまれぬ切実感・切迫感」に基づくもの！(2)</title>
		<link>http://decision-mind.com/?p=1383</link>
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		<pubDate>Sun, 08 Aug 2010 06:22:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[「エッセイ/論説」]]></category>

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		<description><![CDATA[前回7月24日の(1)で、｢政党は国の形を問え｣というコラムにちなんで、基本理念の意味合いについてお話をしましたが、これに関連して、少し前のやはり日経新聞の｢インタビュー　領空侵犯｣というコラムの記事を思い出しました。 6月21日付けの｢幸福度指標は無駄｣というタイトルでの、元世界銀行副総裁の西永美恵子氏へのインタビュー記事です。これまた印象に残ったところを、少し抜粋してみます。 ************************************************ 国民の幸福など測っても無駄です。そもそも幸せは測れないもの。・・・・・国民の幸福を無理に数値化すると、国が間違った指標を管理しようとして危険なことになります。ブータンの国民総幸福量がお手本とされますが、これは誤解です。国民総幸福量は指標ではなく、ブータンが長年貫いてきた政治哲学です。・・・・・『ブータン2020』という国家ビジョンでは、自然環境や文化伝統を破壊し、家族や友人、地域社会のきずなを犠牲にするような経済成長は追及せず、人が安らかに住める国をつくると宣言しています。こうしたビジョンを掲げながら、一人あたりの国民所得が南アジア2位となるまでの成長を遂げました。・・・・・ ************************************************ 変に指標化することの危険性の指摘、という意味では、だいぶ前のブログ記事で私が書いたこととも相通じるところがあります。（直接的には今年4月24日のブログ記事、関連するものとしては、5月6日、5月9日のものがありますので、覗いてみて下さい。）　しかし私が今日のブログ記事の文脈で最も着目したのは、「なぜブータンではうまくいったのでしょうか？」というインタビュアーからの問いに答えた、次のくだりです。 ************************************************ 人口70万人のブータンは、北に中国、南にインドと大国にはさまれ国家存続の危機感を常に抱いています。武装しても勝ち目はない。国を守るのは人心しかないのです。国民総幸福量は、国家安全保障戦略でもあります。・・・・・ ************************************************ 要は、国民総幸福量という政治哲学ないし基本理念は、「単に経済成長一辺倒でなく、やっぱりみんなの気持ちが幸せになることが大事だよね」といった上すべりな理想論でなく、やむにやまれぬ切実感・切迫感にもとづくものなんだな、ということを感じます。前回の(1)のブログ記事で書いた、「基本理念とは、意見の分かれる具体策を巡って初めて明らかになる」、すなわち、そうした「やむにやまれぬ切実感・切迫感に基づくもの」でないと役には立たない、ということだと思います。 「やむにやまれぬ切実感・切迫感に基づく基本理念」ということは、国の政治哲学のみならず、企業のミッション・ビジョンの場合でも、全く同じく当てはまると思います。私は日ごろから、企業のミッション・ビジョンの本質は、やむにやまれぬ「好き」と「得意」と「喜ばれる」である、と主張していますが、7月12日付けの日経ビジネス誌に、このことをまさに裏付けるような記事が載っていました。ディスコという半導体精密加工装置メーカーが紹介されていたのですが、ここまでの文脈に関連すると思われるところを以下に抜粋してみます。 ************************************************ ・・・・・ディスコバリューズとは、企業としての存在意義や共有すべき価値観、目指すべき方向性などを体系的にまとめたもの。・・・・・ディスコがディスコバリューズの作成を決めた背景にあるのは90年代初頭に味わった蹉跌だ。砥石を使った切断や研削に特化していたディスコだが、80年代前半に半導体の前工程で使用する拡散炉の開発に踏み切った。だが結果は最悪だった。50億円以上を投下したが、結局採算が合わず、92年に撤退を決めている。自分たちは何者か&#8212;&#8211;。この時の蹉跌が身にしみたディスコは企業の再定義に乗り出す。・・・・・97年に存在意義や企業使命、成長の定義など大枠となる概念をまとめた。事業領域を「高度に切る、削る、磨く」と決めたのはこの時のこと・・・・・ ************************************************ まさに、やむにやまれぬ思いから自らの存在意義を問い直し、「好き」x「得意」の分野として、事業領域を「高度に切る、削る、磨く」と定めたのだと思います。そしてそこには当然、「それ以外はやらない！」という明確なトレードオフ判断も存在するわけです。 以上2回にわたって、基本理念は、単なる上っ面の抽象論でなく、「トレードオフ判断を伴う、やむにやまれぬ切実感・切迫感に基づくもの」という私の考えを、三つの印象に残った記事とともに紹介しました。ぜひ、読者の皆さんの属する企業や組織にあてはめて考えてみてください！]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
前回7月24日の(1)で、｢政党は国の形を問え｣というコラムにちなんで、基本理念の意味合いについてお話をしましたが、これに関連して、少し前のやはり日経新聞の｢インタビュー　領空侵犯｣というコラムの記事を思い出しました。<br />
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6月21日付けの｢幸福度指標は無駄｣というタイトルでの、元世界銀行副総裁の西永美恵子氏へのインタビュー記事です。これまた印象に残ったところを、少し抜粋してみます。<br />
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国民の幸福など測っても無駄です。そもそも幸せは測れないもの。・・・・・国民の幸福を無理に数値化すると、国が間違った指標を管理しようとして危険なことになります。ブータンの国民総幸福量がお手本とされますが、これは誤解です。国民総幸福量は指標ではなく、ブータンが長年貫いてきた政治哲学です。・・・・・『ブータン2020』という国家ビジョンでは、自然環境や文化伝統を破壊し、家族や友人、地域社会のきずなを犠牲にするような経済成長は追及せず、人が安らかに住める国をつくると宣言しています。こうしたビジョンを掲げながら、一人あたりの国民所得が南アジア2位となるまでの成長を遂げました。・・・・・<br />
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************************************************<br />
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変に指標化することの危険性の指摘、という意味では、だいぶ前のブログ記事で私が書いたこととも相通じるところがあります。（直接的には今年4月24日のブログ記事、関連するものとしては、5月6日、5月9日のものがありますので、覗いてみて下さい。）　しかし私が今日のブログ記事の文脈で最も着目したのは、「なぜブータンではうまくいったのでしょうか？」というインタビュアーからの問いに答えた、次のくだりです。<br />
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<br />
人口70万人のブータンは、北に中国、南にインドと大国にはさまれ国家存続の危機感を常に抱いています。武装しても勝ち目はない。国を守るのは人心しかないのです。国民総幸福量は、国家安全保障戦略でもあります。・・・・・<br />
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要は、国民総幸福量という政治哲学ないし基本理念は、「単に経済成長一辺倒でなく、やっぱりみんなの気持ちが幸せになることが大事だよね」といった上すべりな理想論でなく、やむにやまれぬ切実感・切迫感にもとづくものなんだな、ということを感じます。前回の(1)のブログ記事で書いた、「基本理念とは、意見の分かれる具体策を巡って初めて明らかになる」、すなわち、そうした「やむにやまれぬ切実感・切迫感に基づくもの」でないと役には立たない、ということだと思います。<br />
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「やむにやまれぬ切実感・切迫感に基づく基本理念」ということは、国の政治哲学のみならず、企業のミッション・ビジョンの場合でも、全く同じく当てはまると思います。私は日ごろから、企業のミッション・ビジョンの本質は、やむにやまれぬ「好き」と「得意」と「喜ばれる」である、と主張していますが、7月12日付けの日経ビジネス誌に、このことをまさに裏付けるような記事が載っていました。ディスコという半導体精密加工装置メーカーが紹介されていたのですが、ここまでの文脈に関連すると思われるところを以下に抜粋してみます。<br />
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・・・・・ディスコバリューズとは、企業としての存在意義や共有すべき価値観、目指すべき方向性などを体系的にまとめたもの。・・・・・ディスコがディスコバリューズの作成を決めた背景にあるのは90年代初頭に味わった蹉跌だ。砥石を使った切断や研削に特化していたディスコだが、80年代前半に半導体の前工程で使用する拡散炉の開発に踏み切った。だが結果は最悪だった。50億円以上を投下したが、結局採算が合わず、92年に撤退を決めている。自分たちは何者か&#8212;&#8211;。この時の蹉跌が身にしみたディスコは企業の再定義に乗り出す。・・・・・97年に存在意義や企業使命、成長の定義など大枠となる概念をまとめた。事業領域を「高度に切る、削る、磨く」と決めたのはこの時のこと・・・・・<br />
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まさに、やむにやまれぬ思いから自らの存在意義を問い直し、「好き」x「得意」の分野として、事業領域を「高度に切る、削る、磨く」と定めたのだと思います。そしてそこには当然、「それ以外はやらない！」という明確なトレードオフ判断も存在するわけです。<br />
<br />
以上2回にわたって、基本理念は、単なる上っ面の抽象論でなく、「トレードオフ判断を伴う、やむにやまれぬ切実感・切迫感に基づくもの」という私の考えを、三つの印象に残った記事とともに紹介しました。ぜひ、読者の皆さんの属する企業や組織にあてはめて考えてみてください！</p>
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		<title>基本理念は「トレードオフ判断を伴う、やむにやまれぬ切実感・切迫感」に基づくもの！(1)</title>
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		<pubDate>Fri, 23 Jul 2010 23:46:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[「エッセイ/論説」]]></category>

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		<description><![CDATA[7月21日の日経新聞朝刊の「大機小機」というコラムに、「政党は国の形を問え」というタイトルで、なかなかいいことが書かれていました。印象に残ったところを引用してみます。 ********************************************** ・・・・・基本理念とは、意見の分かれる具体策を巡って初めて明らかになる。グローバル化の中で人口減少への抜本的解決策は、移民の容認である。これには様々な反対が予想される。だが、そこまでして成長を維持するのか、移民を容認しないで低成長に甘んじるかは、国の形を決める。・・・・成長促進には小泉政権下のような規制緩和が有効である。しかし、成長の初期には格差拡大は避けられず、その成果が全国民に行き渡るには時間がかかる。だが、格差なく全国民が等しく成長することは夢物語である。成長のコストをどれだけ容認するか、これも国の形にかかわる選択になる・・・・・ ********************************************* その通りだと思います。。。　「世界の人たちと仲良くするために移民は積極的に受け入れ、同時に日本の文化と日本民族の遺伝子を持つ人たちの維持拡大も成し遂げ、それによって力強い経済成長を達成し、かつ移民が増えることに起因する問題も完全に克服できる」パーフェクトな施策が見つかれば問題はありません。 しかし、そうした理想解が見つからないからこそ、この現実認識に立った上で、複数の選択肢を設定し、それを複数の価値判断尺度に照らして評価し、その上で、「この悩ましいトレードオフ（=あちら立てればこちら立たず関係）の中で、我が党としては、こちらの価値判断尺度を優先して、この選択肢を選びます」と各政党が提示してしてくれると、有権者は誰に・どの政党に投票するか、きわめてわかりやすくなると思います。 美辞麗句で「世界の人たちと仲良く＆日本文化と日本民族を保持発展＆力強い経済成長」とだけ言っているだけでは、一向に「意見の分かれる具体策への取り組み」は進まないのです。 前総理の鳩山さんがそのことの重要性を、「普天間の基地問題」と「2020年までにCO2　25％削減」宣言で端的に示してくれました。前者についてはあらためて解説する必要もないと思いますので、後者についてだけ、鳩山さんが本来語るべきだったと思う言葉を示す、という形で少し解説します。 【日本は、世界の最先端の環境先進国を目指します。そのために、○○、××、□□・・・・・といった施策に今後10年間集中的に取り組みます。結果として、日本の10年後の状況は、こんな風に、こんな風に・・・・・なることが期待されますし、それを目指します。経済的にも、これこれ、これこれ・・・・・の分野で世界をリードする産業の成長が期待されますし、それを目指します。 ただし、これを実現する中で、AA、BB,CC・・・といった産業は衰退することが予想されます。また初期段階では、この施策を推進するために国民の税負担増大をお願いしたり、投資先行のために一時的に企業業績にダメージを受ける業界が出てくることも、残念ながら予想され、それを補うための補助金交付も税負担においてまかなう必要が出てきます。 しかしながら、世界に誇るべき環境先進国という栄誉と、それに伴う、長期的視点で見た経済的リターンを目指して、日本国民として、この短中期的痛みを誇りを持って引き受けましょう！】 本来こういうことを、選挙前に正々堂々と宣言したうえで総選挙を行うべきで、それなしにいきなり「2020年までにCO2　25％削減」を国際公約に謳うのは、多くの国民にとっては「話が違う！」となるわけです。もちろん、「そんな耳に痛いことを国民に発信するのは政治的に不可能！」と指摘されるのは、いかに政治音痴の私とて承知していますが、「意見の分かれる具体策への取り組み」と、そのために国民に“楽しくない話”も含めてきちんと伝え賛同を得ることこそが、成熟社会における政治の本来の仕事なのではないでしょうか？ そうした活動の中からこそ、「トレードオフ判断を伴う、やむにやまれぬ切実感・切迫感」をもった基本理念が出てくるのではないかと思います。 少し長くなってきたので、(2)に書き継いで行きます。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
7月21日の日経新聞朝刊の「大機小機」というコラムに、「政党は国の形を問え」というタイトルで、なかなかいいことが書かれていました。印象に残ったところを引用してみます。<br />
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**********************************************<br />
<br />
・・・・・基本理念とは、意見の分かれる具体策を巡って初めて明らかになる。グローバル化の中で人口減少への抜本的解決策は、移民の容認である。これには様々な反対が予想される。だが、そこまでして成長を維持するのか、移民を容認しないで低成長に甘んじるかは、国の形を決める。・・・・成長促進には小泉政権下のような規制緩和が有効である。しかし、成長の初期には格差拡大は避けられず、その成果が全国民に行き渡るには時間がかかる。だが、格差なく全国民が等しく成長することは夢物語である。成長のコストをどれだけ容認するか、これも国の形にかかわる選択になる・・・・・<br />
<br />
*********************************************<br />
<br />
その通りだと思います。。。　「世界の人たちと仲良くするために移民は積極的に受け入れ、同時に日本の文化と日本民族の遺伝子を持つ人たちの維持拡大も成し遂げ、それによって力強い経済成長を達成し、かつ移民が増えることに起因する問題も完全に克服できる」パーフェクトな施策が見つかれば問題はありません。<br />
<br />
しかし、そうした理想解が見つからないからこそ、この現実認識に立った上で、複数の選択肢を設定し、それを複数の価値判断尺度に照らして評価し、その上で、「この悩ましいトレードオフ（=あちら立てればこちら立たず関係）の中で、我が党としては、こちらの価値判断尺度を優先して、この選択肢を選びます」と各政党が提示してしてくれると、有権者は誰に・どの政党に投票するか、きわめてわかりやすくなると思います。<br />
<br />
美辞麗句で「世界の人たちと仲良く＆日本文化と日本民族を保持発展＆力強い経済成長」とだけ言っているだけでは、一向に「意見の分かれる具体策への取り組み」は進まないのです。<br />
<br />
前総理の鳩山さんがそのことの重要性を、「普天間の基地問題」と「2020年までにCO2　25％削減」宣言で端的に示してくれました。前者についてはあらためて解説する必要もないと思いますので、後者についてだけ、鳩山さんが本来語るべきだったと思う言葉を示す、という形で少し解説します。<br />
<br />
【日本は、世界の最先端の環境先進国を目指します。そのために、○○、××、□□・・・・・といった施策に今後10年間集中的に取り組みます。結果として、日本の10年後の状況は、こんな風に、こんな風に・・・・・なることが期待されますし、それを目指します。経済的にも、これこれ、これこれ・・・・・の分野で世界をリードする産業の成長が期待されますし、それを目指します。<br />
<br />
ただし、これを実現する中で、AA、BB,CC・・・といった産業は衰退することが予想されます。また初期段階では、この施策を推進するために国民の税負担増大をお願いしたり、投資先行のために一時的に企業業績にダメージを受ける業界が出てくることも、残念ながら予想され、それを補うための補助金交付も税負担においてまかなう必要が出てきます。<br />
<br />
しかしながら、世界に誇るべき環境先進国という栄誉と、それに伴う、長期的視点で見た経済的リターンを目指して、日本国民として、この短中期的痛みを誇りを持って引き受けましょう！】<br />
<br />
本来こういうことを、選挙前に正々堂々と宣言したうえで総選挙を行うべきで、それなしにいきなり「2020年までにCO2　25％削減」を国際公約に謳うのは、多くの国民にとっては「話が違う！」となるわけです。もちろん、「そんな耳に痛いことを国民に発信するのは政治的に不可能！」と指摘されるのは、いかに政治音痴の私とて承知していますが、「意見の分かれる具体策への取り組み」と、そのために国民に“楽しくない話”も含めてきちんと伝え賛同を得ることこそが、成熟社会における政治の本来の仕事なのではないでしょうか？<br />
<br />
そうした活動の中からこそ、「トレードオフ判断を伴う、やむにやまれぬ切実感・切迫感」をもった基本理念が出てくるのではないかと思います。<br />
<br />
少し長くなってきたので、(2)に書き継いで行きます。</p>
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		<title>日本経済の成長基盤強化を目指した、日銀の新貸出制度に思う</title>
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		<pubDate>Sun, 11 Jul 2010 01:34:06 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[「日常雑感/プライベート」]]></category>

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		<description><![CDATA[日本経済の成長基盤の強化を目指した日銀の新貸出制度の運用が8月末から始まり、それに向けて、この原資を使って、メガバンク3行が、それぞれ新たなファンドを設け、成長分野の事業に取り組む企業を支援するのだそうです。 「その意気＆意図や良し！」と拍手をしたいところですが、目指すことは善でも、これで本当にうまく行くのか、疑問を持つのは私だけでしょうか？ というのは、いくら低利でも、銀行はそのファンドから一般企業やベンチャーに投資をし、そこからのリターンで、借りたお金を将来的には日銀に返さなければならないからです。もともとこうした投資は、極めてリスクが高いものであり、それだけ投資する際の目利き能力や投資先企業の成長戦略をサポートする力量がものを言う世界です。 もし銀行が、もともとそうした能力に十分自信をもっているなら、今回の日銀の新貸出制度以前に、こうした主旨のファンドを立ち上げ、投資事業に本格的に取り組んでいたのではないでしょうか？　もし自信がないのだったら、今回のように資金を低利で調達できるようになった程度で、ファンド設立に動くのでしょうか？。。。調達金利の低下程度で補える程度の「自信の足りなさ度合い」だったのなら良いのですが、人ごとながらちょっと心配です。 願わくは、メガバンクの設立したファンドが投資する際、先の私のブログで強調した「未来マーケティング」x「進路決定フレーム」の観点から投資先の目利きを行い、かつ投資先に対して、この二つの観点から強力にサポートしてもらいたいものだと思います。 以上、金融業界の素人の単なる感想なので、何か素人の知らない事情があるのかもしれませんが、本質論としては、それほどはずれていないのではないかと思っています。 *今日のブログは、単なる感想なので、「エッセイ/論説」や「イノベーション・マネジメント」でなく、「日常雑感/プライベート」欄にアップすることにしました。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>
日本経済の成長基盤の強化を目指した日銀の新貸出制度の運用が8月末から始まり、それに向けて、この原資を使って、メガバンク3行が、それぞれ新たなファンドを設け、成長分野の事業に取り組む企業を支援するのだそうです。<br />
<br />
「その意気＆意図や良し！」と拍手をしたいところですが、目指すことは善でも、これで本当にうまく行くのか、疑問を持つのは私だけでしょうか？<br />
<br />
というのは、いくら低利でも、銀行はそのファンドから一般企業やベンチャーに投資をし、そこからのリターンで、借りたお金を将来的には日銀に返さなければならないからです。もともとこうした投資は、極めてリスクが高いものであり、それだけ投資する際の目利き能力や投資先企業の成長戦略をサポートする力量がものを言う世界です。<br />
<br />
もし銀行が、もともとそうした能力に十分自信をもっているなら、今回の日銀の新貸出制度以前に、こうした主旨のファンドを立ち上げ、投資事業に本格的に取り組んでいたのではないでしょうか？　もし自信がないのだったら、今回のように資金を低利で調達できるようになった程度で、ファンド設立に動くのでしょうか？。。。調達金利の低下程度で補える程度の「自信の足りなさ度合い」だったのなら良いのですが、人ごとながらちょっと心配です。<br />
<br />
願わくは、メガバンクの設立したファンドが投資する際、先の私のブログで強調した「未来マーケティング」x「進路決定フレーム」の観点から投資先の目利きを行い、かつ投資先に対して、この二つの観点から強力にサポートしてもらいたいものだと思います。<br />
<br />
以上、金融業界の素人の単なる感想なので、何か素人の知らない事情があるのかもしれませんが、本質論としては、それほどはずれていないのではないかと思っています。<br />
<br />
*今日のブログは、単なる感想なので、「エッセイ/論説」や「イノベーション・マネジメント」でなく、「日常雑感/プライベート」欄にアップすることにしました。</p>
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