前回のブログ[トランプ氏現象について今(2025年5月現在)感じていること]の後、また気になった記事がいくつかあったので、引用とコメントで追加備忘録的にブログ記事にしてみます。1⃣ [的射た「外国産映画に関税」 グローバル・ビジネス・コラムニスト ラナ・フォルーハー(2025年5月16日 日本経済新聞朝刊 FINANCIAL TIMES Opinion欄より)…トランプ大統領の「MAGA(米国を再び偉大に)」は、もっぱら米製造業の復活を訴えるスローガンだった。…だが4日には、鉄鋼ではなく外国産映画に関税をかける方針を語り始めた。米国内で映画をもっと作るように企業に圧力をかけ、「ハリウッドを再び偉大に」したいという。…ハリウッドの売上高の大半は、アクションやスリラー、アニメーションなど米大ヒット映画に夢中になる海外の観客によりもたらされる。映画は米国のソフトパワーの大きな部分だ。そのためハリウッドを関税で保護する方針は「またトランプ氏のばかげた政策か」とリベラル派(と多くの保守派)に冷笑された。だが彼らは間違っている。トランプ氏の発想の多くがそうであるように、今回の政策も経済的には間違っているが、政治的には極めて賢明といえる。…まさに詐欺師のごとく彼は、真実の重要な一部をうまく活用している。つまり、コンテンツやメディア、コーディングの業界は新たに「経済的に不安定になる」サービス産業の中心に位置する業種で、そこで働く彼らはこの業界にいた過去の人々より将来が格段に厳しいことを懸念している。こうした新しい経済的弱者こそ、今後、極右思想に傾く可能性が高い。複数の学術的研究によると、厳しい貧困層は極右のポピュリズム(大衆迎合主義)への支持が下がることがあるが、将来の不安を抱える中産階級は、極右ポピュリズムやそのポピュリズムが示す約束が嘘でもひかれる傾向が強いという。「(自動化やAIなどで)仕事が消えていくなか不満を募らせる」中間層が極右に傾く傾向は米国だけでなく、多くの欧州の国々でも見られる現象だ。…トランプ氏は、ハリウッドだけでなく米国の様々な地域や業界で外国勢やAIなどによる自動化を排除するという約束を乱発し、政治的な支持基盤を拡大していけるだろう。…それで人々が経済的恩恵を受けるのか、打撃を受けるのかはあまり重要ではない。有権者に政治的にどれだけ響くのかが重要なのだ。…一方、トランプ氏はとにかく将来に不安を抱える労働者に焦点を絞って新たな支持層の開拓に余念がない。今回はサービス産業に従事する人々がその主な対象だ。実にうまい戦略と評価するしかない。だが、深刻な問題もはらんでいる。製造業の復活に焦点を当てたMAGAの訴えは、主にごく一部の激戦州で働く単純労働者という比較的限られた層を対象とするものだ。しかし、サービス部門の労働者は米国の全労働力の79%を占める。それは、まさしく多くの国民の不安につけこむ政治手法であり、米民主党にとっては危険な政治戦略と言える。⇒前回のブログでは3つの引用記事を通して、トランプ氏現象の本質やそれがなぜ起こったのか、我々はこれにどう対処したら良いのかについて思いを巡らせてみました。今回のラナ・フォルーハー氏の論説は、トランプ氏が有権者の支持をどうやって得るか、権力を得るための方策をどうとるかについて、非常に鋭い考察がされていると感じました。「近い将来経済的に不安定になるという不安を抱える層」の心に直接訴える施策とポーズで権力を掌握する、というトランプ氏の戦略の本質を明確にあぶり出しています。しかしよく考えると、この「不安を抱える層」の心をとらえることで権力を得る、という手法は、これまで古今東西の歴史の中で宗教勢力(中国の歴史に出てくる太平道や紅巾の乱、等)やイデオロギー勢力(旧ソ連や中国の共産党等)などにかなり普遍的なもので、今さら驚くに値しないものなのかもしれません。しかし、この「不安を持つ層が喜んで飛びつく諸施策」で支持を集め、権力を握っても、「飛びつく諸施策」の集合体が、整合性を持ち長期的に持続可能かというと、多くの場合疑問符がつくわけです。民主主義の難しさは、とりあえず権力を握るための施策を打ち出すことは容易で、それ故ポピュリズム的政治家(左右いずれにおいても)に多くの票が集まる一方、整合性を持ち持続可能な諸施策を打ち出す政治家(⇒責任感=In charge 感覚をもつ政治家)には、持ち出す諸施策がピンポイントのメッセージとして鮮烈さに欠けるが故に、なかなか票が集まりにくい=権力を掌握しづらい、というところにあるのかと思います。トランプ大統領が就任して約半年たち、「飛びつく諸施策」間の不整合が徐々に見えはじめてきた感じで、次の2つ目の記事では、そのあたりについてクリアに語っているように思います。2⃣ [労働者に厳しい米減税法案 USナショナル・エディター エドワード・ルース(2025年5月23日 日本経済新聞朝刊 FINANCIAL TIMES Opinion欄より)]ある政党が何を本当に重視しているかを知るには、その党の予算案をよくみるのがよい。…トランプ氏が現在、成立を目指しているのは記憶に残る限り労働者に最も過酷な予算だ。一握りの富裕層が支配する仮想の国で貧しい若者らが殺し合いを強制される小説「ハンガー・ゲーム」の2025年版ともいえる。投票してくれた有権者へのお返しというには理解に苦しむ。…一部の共和党議員は懸念を示している。ミズーリ州選出で共和党右派のジョシュ・ホーリー上院議員は、この予算案が成立したら「共和党が労働者階級のための党になる可能性を完全に潰しかねない」と警告した。トランプ氏を支持する政治運動「MAGA(米国を再び偉大に)」を推進し、第1次トランプ政権で首席戦略官を務めたスティーブ・バノン氏は、低所得層向け公的医療保険メディケイドの歳出を削ればトランプ氏の支持基盤に打撃を与えると批判する。「この国に十分な仕事がないからメディケイドを受ける人がいるのであり、MAGAはそうした人々のためのものだ」と。そして議会は今も富裕層が牛耳っていると指摘した。…だが下院共和党が出した予算案は富裕層に有利な内容だ。同案は16日に下院予算委会で一部の共和党議員の造反で一度は否決された。貧困層への歳出削減が十分でないとの理由だ。彼らはメディケイド予算のさらなる削減とクリーンエネルギー関連の補助金全廃を求めていた。一方、この予算案には共和党の最優先事項の多くが盛り込まれている。トランプ氏が第1期政権で導入した個人所得減税の延長に、連邦相続税の免除となる上限額をカップル1組当たり3000万㌦(約43億円)に引き上げ、銃の消音装置購入への課税も廃止する。…トランプ政権での実績をみても、2人の影響力はリバタリアン(自由至上主義者)的直感で動くマスク氏の方がバノン氏より大きい。2人は「行政国家の解体」を目指すという点で一致している。この文言を元々考案したのはバノン氏で、それを政府効率化省(DOGE)という組織を使い、実行に移したのがマスク氏だ。ただ、経済ポピュリズム(大衆迎合主義)を掲げるバノン氏より、リバタリアニズム(自由至上主義)を追求すべきだとするマスク氏の方が徹底している。マスク氏は連邦政府の給付金の大半は不正に支払われており、自分やほかの財界の大物らは、そのための原資を吸い取る「ディープステート(闇の政府)」の被害者だと信じている。マスク氏が経営する複数の企業は、連邦政府からの補助金や連邦政府との契約により380億㌦もの資金をこれまで受け取ってきたにもかかわらずだ。このトランプ氏の予算はマスク氏の好みに沿っているといえる。これに対しバノン氏の労働者重視の考え方は、トランプ氏が有権者を前に話す際には大いに採用されるが、政策に落とし込む段階になると軽視される。バノン氏とMAGAを信奉する数人の共和党議員は、トランプ氏の最富裕層への減税案に反対している。それどころかバノン氏は所得の最も高い層への所得税を40%に引き上げることを求めている。また、マスク氏が経営する企業も含め人工知能(AI)を開発するテック大手への規制も強化したい考えで、「首都ワシントンのネイルサロンの方がAIでもうけている4社より規制が厳しい」と指摘する。だが米政府がAIに規制をかける可能性は今のところない。…米経済の核心的な問題が格差と中間層の衰退にあることを考えるとバノン氏の主張は説得力があるように思える。だが、そこには2つの危険がある。第一に、バノン氏は税金を徴収する米内国歳入庁(IRS)の予算削減の賛成派だ。トランプ氏の大口献金者にとって、IRSの予算を縮小することほどうれしいことはない。…こうしたバノン氏の厳しい政策にはトランプ氏は即、同意するが、バノン氏が主張する弱者支援に関する政策については有権者に向けリップサービスとして語ることしかしない。…マスク氏と同じ考えの人々は助けを必要としている米国民の権利や利益を無視している。これはMAGAの分裂を招くだろうか。トランプ氏就任200日を迎える頃にはバノン派がどれほどまたポピュリスト的経済政策にこだわっているかがわかるだろう。⇒グローバリゼーションとIT化(さらにはAI化)という産業構造変化による「格差でワリを食った労働者層に寄り沿う(少なくとも、その姿勢を示す)バノン氏」対、「リバタリアン(自由至上主義)で産業構造変化の恩恵をうけた超富裕層のマスク氏」という構図は、トランプ氏の打ち出す諸施策やポーズの不整合を非常にわかりやすく示してくれています。もしトランプ氏がこのあと打ち出す施策やメッセージがバノン氏を切り捨てるようなことになれば、バノン氏が寄り沿う労働者階級の支持を急速に失い、かつその時、民主党が労働者層の心に響くメッセージと施策を打ち出すことができれば、次の米国中間選挙でトランプ氏率いる共和党は大巾に票を失うことになるのでしょうが、今時点では少なくとも私には全くわかりません。…なのですが、ここまでの記事を読んでいて私の心の中に浮かび上がったのは「結局は金なんだよね!」という、みもふたもないものです。民主党も共和党も、それぞれできるだけ多くの有権者の心をつかもうと施策やメッセージやポーズを打出すものの、実際の「効く施策」については選挙や政治活動の資金を出してくれる富裕層の意に沿ったものになるだけ、ということです。結局、どの政党が政権をとろうとも、実質的には富裕層が困る施策は打出さない。その他大勢の労働者階級は、彼らに耳ざわりの良いメッセージやポーズに踊らされて投票行動をとるものの、本当に彼らがよりHappy/ Well-being な状況にはなって行かない、ということです。ここまで考えてくると、結局私の頭の中で考えがまわりまわって、マイケルサンデル氏やトマピケティ氏が言っていた(と私が感じる)「資本主義と民主主義の悪い結託」という問題意識にたどりつきます。どうやらこの「資本主義と民主主義の悪い結託」で主役となる人達は、私のような平凡人には及びもつかない(「つきたく」もありませんが)権力欲と金銭欲を持つ人達なのだろうなと思う次第です。だんだん、悲観・厭世的気分が強くなってきたので、次の記事に行ってみます。3⃣ [戦後80年続いた啓蒙主義・国際主義的リベラリズムの衰退を加速 トランプ外交、次の100日を展望(日経ビジネス誌 2025年5月26日号の「世界展望」というコラムでのキャノングローバル戦略研究所理事・特別顧問 宮家邦彦氏の論説より)]…これまで明らかになったことが2つある。第1は、トランプ氏が「他国への軍事介入」を忌み嫌うタイプの「平和主義者」であること。第2は、トランプ氏が「大国」主導による「国際秩序作り」を志向する傾向があることだ。だからこそトランプ政権は、米国の軍事力を他国のために使うことを常にちゅうちょしつつ、たとえ中小国の利益を犠牲にしてでも大国の独裁者との取引を優先したがる、と筆者は考える。…2024年の米大統領選挙でトランプ氏が再選したことは、単なる米内政のエピソードにとどまらない。恐らく、第2次世界大戦終了後、過去80年間続いた啓蒙主義・国際主義的リベラリズムの衰退を加速する大事件である。…こう考えてくれば、トランプ政権が取り組む一見「暴挙」とも見える「相互関税」政策の本質が見えてくる。トランプ政権は、中国との「長期的覇権競争」を戦う準備を本気で始めた。関税政策はそのための一手段に過ぎない。これは「政治」以外の何物でもない。トランプ氏が同政策を推し進める理由を経済専門家が理解・説明できない理由は簡単だ。トランプ大統領が行っているのは「経済貿易政策」ではないのだから。もちろん、経済専門家らの批判は経済学的には正しいのだが、そうした批判だけではトランプ関税政策の政治的本質を理解できない。…どうやら次の100日間も、トランプ外交の海図なき漂流は続きそうだ。実に嫌な予感がする。⇒前回のブログや今回ここまで引用した記事と重なる部分もありますが、全体俯瞰したまとまりのある論議だと思います。この論説の中で、これまでの引用記事で明確に語られていなかった要素としては「トランプ氏が(米国軍の)『他国への軍事介入』」を忌み嫌うタイプの『平和主義者』というところでしょうか。少なくとも米国以外の国については、「血さえ流れなければ平和」。たとえそれが圧政や侵略者による支配によるものであっても、つまりそこに住む人達の自由や尊厳がなくても、血さえ流れなければ問題ない。「自由や尊厳を守ったり取り戻したりする為に、血を流してでも圧政や支配に立ち向かう」のはナンセンス。私からすると、「英国支配に対して独立戦争で独立を勝ちとった米国の大統領がそれを言うか?!」と思いますが、どうやらこれがトランプ氏の個人的性格というか信条(という言葉が良いのかわかりませんが)なのでしょう。もっとも「神国日本」と叫んで米国に戦いを挑み、その時は「最後の一人になっても戦い続ける」という覚悟で戦ったはずなのに、敗戦で米国に占領された途端に「自由・平等・民主主義万歳!」となった国の国民の1人として、あまり偉そうなことは言えないと内省しますが。引用記事の最後に「トランプ外交の海図なき漂流」とありますが、これまでのいくつかの引用記事からの理解では、トランプ氏にはそれなりの海図はあり、トランプ氏的には「漂流」ではないのだと思います。海図はあっても、その時の個別具体的な天候や他の船の動きにより、具体的に舵を切って行くのであり、それが他の国やウォッチしている人達から見ると漂流に見えるだけ、ということなんだろうと感じます。
スパムが非常に多いため、一時的にコメントは受け付けないように設定しました。コメントを頂ける方は、CONTACT USにある当社のメールアドレスまで直接お寄せ下さい。