バブル経済崩壊後の「失われた30年」ともいわれる日本企業や経済全体の停滞感の原因につき、様々な説が語られてきました。曰く:起業家精神の欠如やスタートアップ・エコシステムの不全といったイノベーションの不全に関するものから、終身雇用や雇用流動性不足といった企業経営の硬直性まで、様々な識者が“大所・高所”的な諸説を語っています。しかし、企業のミドル・経営層への意思決定に関するエデュサルティング(=Education+Consulting:方法論についての研修と具体的戦略策定のサポート)をやっている私からすると、原因は意外にシンプルなことで、解の方向性も実は簡単なことなのではないかと感じます。具体的には①「意思決定リテラシー」と②「衆知錬成」の弱さでが根本原因であり、それらを、これまた比較的シンプルな方法で強化すれば、企業成長や経済活性化が可能になるのではないか、という確信に近い仮説です。①意思決定リテラシーの弱さ具体的には、主として2つの弱さです。一つ目は「願望表明を意思決定と勘違い」していることです。たとえば、ある新任事業部長が、「わが事業部は2年で売上げを2倍にし、利益を3倍にする。事業部一丸となって、この目標の達成に邁進すべし」と事業部メンバーに言ったとします。残念ながらこの人は、これで意思決定したつもりになっていて、あとは部下の企画部門に、この目標をブレークダウンし各部門の達成数値目標をKPIと称する必達目標として提示させる。そのあとは各部門の尻をたたくだけ、という状況です。「意思決定」とは、「あともどりのできない経営資源配分を実際に行うことへのコミットメント(強い決意・覚悟・納得感)」(私の師であるスタンフォード大学 ロナルド・ハワード教授による定義)ですから、こうした「願望表明とその結果測定指標の提示」は意思決定の名に値しないのです。売上げを2倍にし、利益を3倍にするという目標・願望実現の為に、具体的に品揃えをどうするか、作り方をどうするか、売り方をどうするか、といったレベルに落とし込んで、ヒト・モノ・カネ・時間といった経営資源の質と量まで踏み込んで、どんなアクションをするかを具体的に提示しなければ、「意思決定」の名に値しないのです。もちろん、こうした作業を事業部長1人で行うことは無理なので、部下達と一緒になって取り組む必要があるのですが、「願望表明→結果目標のブレークダウンによるKPI設定→KPI達成に向けて単に尻をたたくだけ」という「気楽な丸投げ」とは全く異なる、「腕まくりの取組み」が必要なのです。(少し補足をしておくと、設定した目標達成のために、(a)具体的に何をやるかがそれほど深く考えなくてもわかるもので、(b)実行の為に大きな経営資源が必要なく、また、(c)達成できるかどうかについての大きな不確実性がない、ようなものであれば、気楽な「丸投げ方式」でも構わないでしょう。しかし、もしすべての課題がこのレベルのものなら、そもそも事業部長も経営者も不要であり、低レベルのAIですぐにでも代替可能なのです。)「意思決定リテラシーの弱さ」の二つ目は、選択肢とシナリオの混同です。神ならぬ身の人間は、願望や目標の実現に向け、どんなに優れた選択肢を創出し実行に取り組んでも、様々な不確実要因の存在により、「時に利あらず」して不成功に終わることもあります。この「結果を大きく左右する複数の不確実要因」がそれぞれどんな筋道をたどるのか(楽観ケース/ ベースケース/ 悲観ケース)を想定した上で、最も今時点で有利な ― うまく行く確率の高い ― 選択肢を選ぶのが意思決定です。ここで選択肢とシナリオの峻別が重要になるのです。ところが多くの人が、自分が選びコントロールできる「選択肢」と、不確実要因のころがり方次第で決まる ― 自分にはコントロールできない「シナリオ」を区別せず混同して思考してしまっています。その結果、「戦略策定」が願望目標が達成されるための不確実要因の「シナリオへのブレークダウン作業」となり果てているのです。以上の2つに代表される意思決定リテラシーの弱さを克服することは、落ちついて論理的に考えれば簡単なことなので、すぐにも部門単位なり事業部なり企業全体で、リテラシー向上の学習と活用・実践に取り組み、弱点が露呈した際には互いに指摘・助言・支援し合って行けば、2~3年もあれば達成可能なはずです。②衆知錬成の弱さ多くの日本企業の実態を見聞きすると、以下のような「衆知雲散」的な状況なり、やりとりが行われています。——————————————————————————————・役員(A氏)発言:画期的な技術の採用、現地開発・現地生産というアイデアと心意気は良いけど、失敗したら君は責任をとれるのか?!・提案担当者(B氏)の心の声:役員会で決めるべき事項に、一介の課長の自分が責任を取れるかって、どういうことよ?もちろん自分なりにしっかり検討し覚悟をもって提案しているけど、本来その難しい意思決定のための役員であり役員会じゃないの!?で、結局あなたはどうすべきと言うのか。それを言ってよ!まったくミドルのやる気をそぐ人だよな…とは言い返せないけど…——————————————————————————————このやり取りを聞いて、読者の皆さんはどう感じられたでしょうか?まず、担当課長には、「心の声」を表に出すと「あとでしっぺ返しを受ける」とか「反抗的とみなされて査定に響くかも」といった「忖度」が働いて、本来的には言ってもかまわない/ 言うべき反論や意見を言わないですませてしまう「無駄な・有害な忖度コミュニケーション症候群」があります。普通の人は、こうした忖度によって組織内の地位を保ったり、波風を立てないようにする傾向が強いのですが、それをいいことに上司のポジションの人は無責任な言葉を無思慮なままに部下に投げつける。これが衆知雲散につながるのです。これを防ぐための私からの提案は、会議やワークショップにおいて、モラハラ・パワハラ・セクハラを含む衆知破壊的発言や意味不明発言に対して「突込み」を入れたり、無駄な忖度発言や態度に対して「もしかすると本当はこういうことが言いたいのではないですか?」といった背中押しをする役割の人、「突込みファシリテーター」を毎回指名することです。そして、「今日はこの人が突込みサポート発言をする」と参加者全員に事前に合意をとっておくことです。突込みや背中押し発言の中身自体は、それほど難度は高くないので(要は、上にあげた衆知雲散ケースの担当者の心の声の内容を淡々と表に出して、より建設的ニュアンスで言うだけですから)、その気になればすぐにでも実行可能なはずです。そうは言っても、現場での「突込み」を生身の人間がやるのは心理的に抵抗があると言うなら、別室に、参加者には名前を伏せた「突込みファシリテーター」チームを数人控えさせ、実際のやりとりを音声・画像でリアルタイムで見ながら、現場へはアバターとして参加して発言してもらうのも(もちろんアバターの画像とアニメ声で)一つのやり方だと思います。たとえば、先程の例で言えば、突込みファシリテーター・アバターから、次のような「突込み」が可能かと思います。——————————————————————————————今のAさんの発言の「君は責任をとれるのか」は、言葉の勢いでつい発言されたかと思います。勿論、最終的な責任は経営会議メンバーの役員の方々がとることになる訳ですが、Bさんに「責任を取る」くらいの当事者意識を持って提案して欲しい、という勇気づけの意図でしたよね?!それはさておき、「失敗」とおっしゃっているのは、先程のBさんからの提案においてリスク要因のリストアップやその程度についての考察、また対処策が不十分ということなのでしょうか?あるいはそうしたリスクを考えた時、今回の提案を検討する中で、他の選択肢との比較・考察は行ったのか?という意図でしたでしょうか?もしそうだとしたら、Bさん、それらについて追加の説明をして頂けますか?あるいはAさん、私(ファシリテーター)の突込み内容につき、先程のAさんの発言についての理解不足があるかもしれませんので、ご指摘ないし補足をお願いできますか?……——————————————————————————————こうした突込み発言を、意思決定リテラシー不足に関する指摘・補足も含めてデータ蓄積して行けば、近い将来にはAIにこうした役割を担わせ、より効果・効率的にファシリテーションできるようになるでしょうが、まずはできるところから「突込みファシリテーター」輪番制を手がけて行けばよいと思います。いかがでしたでしょうか?「意思決定リテラシー底上げ」も突込みファシリテーターによる「衆知錬成強化」も、シンプルかつ、すぐにでも着手・実行可能だと思われませんか?日本企業の業績向上や日本経済活性化策として様々な識者の提唱されている、「大所・高所」的なアプローチに比べて、圧倒的にシンプルかつ実行可能なはずです。まずは色々難しいことを考えずに、この「意思決定リテラシー底上げ」と「突込みファシリテーターによる衆知錬成強化」に取り組んでみてはいかがでしょうか?私は学者ではないので、学問的な論証はできていませんが、この仮説の確度は相当に高いと肌感覚で感じています。賛同して頂けた方には、ぜひすぐにも着手して頂き、もしその上で困ったことがあれば、ご連絡頂ければ私からできる限りの支援・アドバイスをしたいと思います。日本企業と経済、そしてそこで働く人達、ひいては社会を、もっともっと元気にするために、勇気をもって取り組んで行きましょう!
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