今回のブログは、ドラフト作りの段階に、ChatGPTを使ってみました。不慣れのせいで、今までの自分でのやり方通りには行かず、そこは少しイライラしましたが、まずは色々試してみなければ、との位置づけでトライしてみました。記事の構成は、まず引用記事の概要をリストアップし、そのあとに、抽出したポイントごとに私のコメントを記す、という形で展開して行きます。■今回取り上げる記事「社内行事を全廃しよう。職業人である前に家庭人であれ」出典:2025年12月15日付 日経ビジネス誌「賢人の警鐘」登場人物:土屋哲氏(ワークマン専務取締役)■記事の概要「昔の会社というのは滅私奉公型で、家庭を犠牲にして仕事を最優先することが当たり前だった。家庭の事情を持ち出すのはご法度とされ、家庭は常に犠牲になった。」「社内運動会や社員旅行などの行事はやめた。休みたい社員は休めるようにした。」「仕事の中に成果につながらない作業が多い。プレゼン資料作りなど、内向きの仕事が多すぎる。」「組織の階層を減らせば、社内の伝言ゲームに時間を浪費しなくて済む。」―――――――――――――――――――――――――――――――――――――■ポイント1:社内行事よりも、家庭を優先すべきだ⇒ コメント「社内での無駄仕事をやめるべし」という点については、強く同意します。社内行事に限らず、“資料づくり、などやっていること自体が目的化した仕事”は、どの組織にも少なからず存在します。本来、全ての仕事は外部に向けた付加価値を生むためにあるはずですが、組織が大きくなるほど、内向きの調整や儀式が増殖しがちです。土屋氏の指摘は、その構造的な問題を端的に突いていると感じます。(たとえ直接的には社内向けの仕事であっても、究極的には社外への付加価値を生むことに貢献すべし、ということです。)■ポイント2:それでも「社内行事は全否定」でいいのか?⇒ コメントただし個人的には、ややノスタルジックかもしれませんが、適切な範囲と労力以内で実施される社内行事には、一定以上の意味があるのではないかとも感じます。社内行事は、やり方を誤れば確かに無駄であり、負担になります。しかし一方で、社員同士の関係性を立体的にし、チームとしての一体感を醸成する効果もあるのではないでしょうか。仕事の現場で「衆知を集め、練り上げる」ためには、最低限の相互理解や信頼感が前提になるからです。■ポイント3:突出した経営者に見られる「急激な切り替え」⇒ コメントこの記事の中で土屋氏が「以前は典型的な仕事人間だった。2012年、ワークマンに途中入社したことをきっかけに家庭優先の考え方に改めた」と語っているように、土屋氏のような突出した実績を示してきた経営者には、しばしば共通する変化が見られます。それは、若い頃は「典型的な激しい仕事人間」、ある段階から「家庭・個人のワークライフバランス重視」へと、急激かつ極端に舵を切るというパターンです。例えば、ユニクロ(ファーストリテイリング)の柳井正氏、京セラ創業者の稲盛和夫氏、そしてマイクロソフトCEOのサティア・ナディラ氏も、キャリアの初期には仕事中心の姿勢を徹底しつつ、後年になるにつれて人間性や人生観、家族や社会との調和、共感を重視するマネジメントへと比重を移しているように見えます。■ポイント4:「普通の人」にとっての現実的なバランス⇒コメントしかし、ほとんどの「普通の人」は、そもそも「典型的な激しい仕事人間」には、もともと徹しきれません。また、その後に「ワークライフバランス重視」と言いながらも、状況によっては仕事を優先してしまうし、しまいたい――そんな中途半端さを抱えているのが、私も含めた多くの「普通の人」の現実だと思います。だからこそ、経営や組織運営には、極端な全否定でもなく、理想論の押し付けでもない、大多数の普通の人がついていけるマイルドな変化やバランスが必要なのではないでしょうか。社内行事をすべてやめるか、すべて残すか、という二択ではなく、「何を、どの程度、なぜやるのか」を問い直し続ける。その地道な調整こそが、これからの経営には求められているのだと思います。但し、大企業のホワイトカラーの人達の、経営層や上司への報告書やプレゼン資料作りといった「内向き仕事」の廃止なり大巾削減には、もろ手を挙げて賛成です。
以上、結論的には極めて「普通の人の穏当な」考えになってしまいましたが、こうした色々を考えるきっかけ、知的刺激をもらえたと土屋氏の記事に感謝したいと思います。
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