前回7月24日の(1)で、「政党は国の形を問え」というコラムにちなんで、基本理念の意味合いについてお話をしましたが、これに関連して、少し前のやはり日経新聞の「インタビュー 領空侵犯」というコラムの記事を思い出しました。 6月21日付けの「幸福度指標は無駄」というタイトルでの、元世界銀行副総裁の西永美恵子氏へのインタビュー記事です。これまた印象に残ったところを、少し抜粋してみます。 ************************************************ 国民の幸福など測っても無駄です。そもそも幸せは測れないもの。・・・・・国民の幸福を無理に数値化すると、国が間違った指標を管理しようとして危険なことになります。ブータンの国民総幸福量がお手本とされますが、これは誤解です。国民総幸福量は指標ではなく、ブータンが長年貫いてきた政治哲学です。・・・・・『ブータン2020』という国家ビジョンでは、自然環境や文化伝統を破壊し、家族や友人、地域社会のきずなを犠牲にするような経済成長は追及せず、人が安らかに住める国をつくると宣言しています。こうしたビジョンを掲げながら、一人あたりの国民所得が南アジア2位となるまでの成長を遂げました。・・・・・ ************************************************ 変に指標化することの危険性の指摘、という意味では、だいぶ前のブログ記事で私が書いたこととも相通じるところがあります。(直接的には今年4月24日のブログ記事、関連するものとしては、5月6日、5月9日のものがありますので、覗いてみて下さい。) しかし私が今日のブログ記事の文脈で最も着目したのは、「なぜブータンではうまくいったのでしょうか?」というインタビュアーからの問いに答えた、次のくだりです。 ************************************************ 人口70万人のブータンは、北に中国、南にインドと大国にはさまれ国家存続の危機感を常に抱いています。武装しても勝ち目はない。国を守るのは人心しかないのです。国民総幸福量は、国家安全保障戦略でもあります。・・・・・ ************************************************ 要は、国民総幸福量という政治哲学ないし基本理念は、「単に経済成長一辺倒でなく、やっぱりみんなの気持ちが幸せになることが大事だよね」といった上すべりな理想論でなく、やむにやまれぬ切実感・切迫感にもとづくものなんだな、ということを感じます。前回の(1)のブログ記事で書いた、「基本理念とは、意見の分かれる具体策を巡って初めて明らかになる」、すなわち、そうした「やむにやまれぬ切実感・切迫感に基づくもの」でないと役には立たない、ということだと思います。 「やむにやまれぬ切実感・切迫感に基づく基本理念」ということは、国の政治哲学のみならず、企業のミッション・ビジョンの場合でも、全く同じく当てはまると思います。私は日ごろから、企業のミッション・ビジョンの本質は、やむにやまれぬ「好き」と「得意」と「喜ばれる」である、と主張していますが、7月12日付けの日経ビジネス誌に、このことをまさに裏付けるような記事が載っていました。ディスコという半導体精密加工装置メーカーが紹介されていたのですが、ここまでの文脈に関連すると思われるところを以下に抜粋してみます。 ************************************************ ・・・・・ディスコバリューズとは、企業としての存在意義や共有すべき価値観、目指すべき方向性などを体系的にまとめたもの。・・・・・ディスコがディスコバリューズの作成を決めた背景にあるのは90年代初頭に味わった蹉跌だ。砥石を使った切断や研削に特化していたディスコだが、80年代前半に半導体の前工程で使用する拡散炉の開発に踏み切った。だが結果は最悪だった。50億円以上を投下したが、結局採算が合わず、92年に撤退を決めている。自分たちは何者か—–。この時の蹉跌が身にしみたディスコは企業の再定義に乗り出す。・・・・・97年に存在意義や企業使命、成長の定義など大枠となる概念をまとめた。事業領域を「高度に切る、削る、磨く」と決めたのはこの時のこと・・・・・ ************************************************ まさに、やむにやまれぬ思いから自らの存在意義を問い直し、「好き」x「得意」の分野として、事業領域を「高度に切る、削る、磨く」と定めたのだと思います。そしてそこには当然、「それ以外はやらない!」という明確なトレードオフ判断も存在するわけです。 以上2回にわたって、基本理念は、単なる上っ面の抽象論でなく、「トレードオフ判断を伴う、やむにやまれぬ切実感・切迫感に基づくもの」という私の考えを、三つの印象に残った記事とともに紹介しました。ぜひ、読者の皆さんの属する企業や組織にあてはめて考えてみてください!
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