先週、ボストンで開かれたSDP/DAAGという会議に行ってきました。 SDPというのは“Society of Decision Professionals”の略で、DAAGというのは“Decision Analysis Affinity Group”の略です。 私が提唱しているディシジョンマネジメント(DM)の理論的バックグラウンドがDecision Analysisという考え方で、どちらの会議もDecision Analysis(DA)に取り組んでいる人たちの集まりです。もともとはSDPの方はDAを使ったコンサルティングをやっている人たちの集まり、DAAGの方は企業・組織内でDAを活用している人たちの集まりだったのですが、近年は相互の人の移動もあって、いろいろな活動を融合的に行っており、今回もほぼ共催という形で3日間の会議が開かれました。 とくに今年はDAが提唱されてから50周年であり、今回の会議の冒頭で、DAの創始者であり私の先生でもある(かつ、かつて同じ会社–Strategic Decisions Group(SDG)—で執務室が隣でもあり、少し僭越に言えば共同経営者としての同僚でもあった)Stanford大学のRonald A. Howard教授のワークショップがあるということで、このSDP/DAAGの会議に出席することにしました。 SDG時代の元同僚も何人か来ていて旧交を温めると同時に、DA活用・普及の仲間ということで、様々な企業・組織の人達と意見交換することができ、とても有意義な米国出張でした。 今回のブログでは、DM(ディシジョンマネジメント)—DAの理論をベースとしつつ、より広い戦略的マネジメントの思考体系として私が提唱している考え方—をよく知る読者の方々に、この会議で得た幾つかの知見をご紹介したいと思います。 ①アメリカでのDA (Decision Analysis)の活用は、日本でのそれに比べて、少なくとも2~3桁は大きいスケールでなされています: 例えば、石油・ガス会社のChevronには、社内にDAの活用を主要職務とするスタッフが少なく見積もって300人、多分500人近くいるとのことです。Shellの人に聞いたら、Chevronほどではないが300人くらいだろうということでした。 石油・ガス業界におけるDAの活用範囲は、伝統的には油田の探索や開発など、不確実性が極めて大きく投資規模が非常に大きい上流部分が中心だったのが、今では、下流のガソリンスタンドなど小売り部分の戦略課題も含めて、Industry Value Chain全体に及んでいるとのことでした。 Chevronの人に「すごい数だね!」と言ったら、「毎年$40billion—つまり約4兆円—の投資(Capital investment)をしているんだから、当然でしょ!」と軽く返されました。アメリカでの広範なDAの活用については、米国在住のSDG在籍当時から知ってはいましたが、こうして企業内DA活用の社内スタッフ人数を聞くと、あらためて強い印象を受けました。 会議の会場で色々な業界の人と話してみると、石油・ガス業界がDAの社内スタッフ人数では群を抜いているようですが、次いで多いのが医薬業界・Life Science業界、そして他の業界—例えば電気電子/情報通信、化学・素材など—でも、数人のDAスタッフが社内にいるのはごく普通のようでした。また、国防省関係の参加者(陸軍なども含めて)の発表もあり、Risk and Decison Science Teamといった形での組織的活動をかなりやっているようでした。 ②誰もが強調していたのが、DAを活用する際のFraming、即ち課題をどうとらえるかといった「検討枠組み設定作業」の重要性です: Chevronからの参加者の一人によると、「選択肢sは既に決まっているので、リスクリターンの定量分析だけしてくれ」というような依頼は最初の段階で断る、というくらい「検討枠組み設定作業」を重視しているとのことでした。 ③それでも、まだまだDAの活用は「あるべき姿の10分の1か100分の1のレベル」という問題意識で、「企業や社会を良くするために、DAをもっと広く深く浸透させて行かないとならない!」という議論が繰り広げられていました: DAを特段意識することなく知らず知らずのうちに使ってもらうようにすべく、また広範な人達にDAの良さを理解してもらうために、自然な形で企業のbusiness processの中に埋め込んで行くための工夫とか、企業や社会・コミュニティの中での教育活動の事例紹介や提言がなされていました。 そうした公式・非公式の意見交換の中で聞いたのが、IBMのDeep Dive という、DAを活用した戦略マネジメント・プロセスです。1990年代の終わりごろからIBMでは、それまでの、【各事業部の事業計画の集計作業的な、年一回のサイクルで数カ月ものワークロード(負荷)をかけて行うStrategy Review Process】—多分、日本の多くの大企業でも、このやり方でなされていると思いますが—から、このDeep Diveというやり方に変えたとのことでした。 考え方としては、私が前から提唱している「トップレベルのディシジョンボードが、戦略アジェンダ(=重要戦略課題のリスト)を設定し、それぞれの戦略課題について個別のディシジョンボードとプロジェクトチームを組成して、DAをフルに活用した検討を行い、それに基づいてトップが大きな意思決定や経営資源配分を行う。かつ、戦略アジェンダの修正や追加が一年を通じて随時なされることで、それまでに比べて格段にタイムリーな意思決定がなされる」というやり方です。 私としても、自分が理想形として提唱していることを—その萌芽的な形態は、米国時代に幾つか見聞きしていたものの—、既に実際にビジネスプロセスとして実行している企業があるということで、大いに意を強くしました。 ただ「広範な人達にDAの良さを理解してもらう」という、アメリカの参加者たちの問題意識の観点からは、先日のブログで紹介した浅田真央選手のケースのような「意思決定思考の基本アプローチ」での、企業のビジネス課題以外の悩み事へのDM適用のパワーを伝える活動は、ある意味アメリカでのDA普及活動の一歩先を行くものではないかと秘かに胸を張る思いでした。なお、浅田選手のケースをSDP/DAAG参加者の人達に話したところ、皆とてもポジティブな反応でした。 以上、SDP/DAAG会議レポートでした。 P.S. ちなみに①で書いたように企業内にこれだけDAを活用する人の数が多いと、その人たちのDA検討作業の効率化を図ったり、また作業の中で多少注意力を欠いたとしてもDAのノウハウを知らず知らずのうちに活用できるようサポートするニーズがあり、従って、そのためのソフトウェア・ツールを提供する会社が幾つかありました。 自らも石油会社の社内で20年近くDA活用をしていた人が創立した会社のソフトのデモンストレーションを見せてもらったのですが、さすがに実務家が実際の仕事の中で必要と感じたものを作った、というもので、日本ではまだ手に入らないレベルのものでした。 私は、「ソフトウェア・ツールに頼ってしまうことで、自らの頭で考えることを充分しなくなることによる弊害」にセンシティブな方ですが、その私から見ても、かなりな出来だと思えるものでした。
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