PCR検査をどんどん増やすべきか?…「不完全情報のワナ」(2) |
前回のブログ記事【PCR検査をどんどん増やすべきか?…「不完全情報のワナ」(1)】では、「PCR検査を本当にどんどん増やしてよいのか?」という「医療現場的」フレームの問題意識のもと、ディシジョンツリーのフリッピングによるベイズ推定のアプローチを説明しました。 そして、a=0.01、つまりPCR検査対象集団の潜在罹患率1%程度の、あまり対象を絞り込まない医療プロトコルのもとで何が起こるかをシミュレーションしました。 結論としては、精度が完ぺきとは言えない検査(b=0.7、c=0.95)では、「間違い陽性率」がかなり大きくなり(87.6%)、医療資源の無駄遣いを示す指標である「必要ベッド倍率」も大きくなる(5.65倍)ことがわかりました。つまり、PCR検査の対象を適正な医療プロトコルにより、ある程度絞らないとまずい、ということを示しました。 念のため、a=0.01のケースの分析を表す図1-5をここに再掲しておきます。 さて今度は、a=0.01とは逆の極端なケースであるa=0.99の場合、つまり検査の対象を大きく絞り込むような医療プロトコルを設定し、潜在罹患率を非常に高くした集団でのPCR検査において、間違い陽性率や必要ベッド倍率がどうなるかを見て行きます。 前回詳しくご説明したディシジョンツリーのフリッピングによるベイズ推定を、a=0.99の場合に適用した分析を、(図1-5の形式で)図2に示します。(PCR検査の精度であるb、cは、図1(1-1~1-5)のケースと同じく、0.7と0.95としています。) まず図2の右側のツリーの上側の、検査で“P” (“陽性”)と出た場合を見ると、実際にIである(罹患している)「本当に陽性」の確率が99.93%であり、逆に「間違い陽性」である確率は0.07%となり、この場合は間違い陽性の可能性はほぼゼロであることが分かります。 以上、a=0.01とa=0.99の二つの両極端なケースでの分析と洞察をお話しましたが、ここで想定した検査精度は、そうは言ってもそこそこ(b=0.7、c=0.95)はあり、検査結果はかなり信頼できると直感的には感じられます。しかしそれでも、きちんとした検証をしてみると、実際には直感とはかなり異なる見方をしなければならないこと(=不完全情報のワナの存在)が分かります。 つまりベイズ推定のアプローチにより、「PCR検査で陽性が70%の精度で見つかるならいいじゃないか」という「不完全情報のワナ」に陥った直感から一歩踏み込んで、「いやこの精度だと、むやみやたらにPCR検査をすると間違って陽性と判定される人が相当数出るぞ。『間違って陽性と判定されても安全サイドの間違いだから構わないじゃないか』と言う人もいるけど、ただでさえ医療資源がひっ迫している現状を考えると、とんでもない暴論だ!」という洞察に至るのです。 次に今度は、a=0.01と0.99という両極端の間で、aの値を色々に変えてみて、「間違い陽性率」と「必要ベッド倍率」がどうなるか検討してみます。 具体的には図1-5や図2でaの値を(0.01とか0.09というように)設定した上で計算したときのディシジョンツリーとツリーフリッピングを下敷きに、aを変数として、間違い陽性率と必要ベッド倍率の計算の仕方を図3に示します。 図3に示すように、a、b、cの値を使って、
まず、図4-1を見ると、間違い陽性率は、a=0.01(1%)では先に述べたように87.6%でしたが、a=0.1(10%)でも39.1%。つまり、潜在罹患率10%においても、PCR検査で“陽性”と出ても約40%の人は実際には陰性。要は本当に陽性である確率は60%しかないということです。 aの値が大きくなっていくと(即ち、PCR検査の対象をきちんと絞り込んでいくと)、間違い陽性率や必要ベッド倍率が急激に小さくなっていく。医療プロトコル設定により潜在罹患率を概ね0.2~0.3以上にまで検査対象集団を絞り込めば、間違いの陽性や医療資源の無駄遣いは大きく軽減されることがわかります。 ここまでの分析から得られた洞察の主なところを少しまとめてみましょう。 ①b=0.7、c=0.95という、「そこそこ」と思われる精度を持っている検査であっても、検査結果をどう解釈するかについては十分慎重に考える必要がある。直感的に感じることと的確な認識の間には、大きな乖離があること(=不完全情報のワナ)を理解する必要がある。 ③今回想定したPCR検査の精度(b=0.7、c=0.95)のもとでは、医療プロトコルの設定により、おおむねa=0.2~0.3程度まで検査対象集団を絞り込めば、医療資源の無駄遣いを妥当なレベルまで下げられると判断される。 さて、ここから、ここまで得られた洞察を、どう意思決定なり行動に繋げていくかを考えてみましょう。(今回はまず、PCR検査関連の短期的対応に限定して議論します。) その上で、2回にわたるこのブログシリーズでの検討から強調しておきたいのは、 ☆今回のブログ記事の中には、私が医療分野の専門家でないが故の不正確な記述等が含まれている可能性がありますが、その点は何卒あらかじめご了承ください。 *謝辞:今回の2回にわたるブログ記事作成に当たっては、私が1990年代にシリコンバレーで、ハワード教授の設立した会社に在籍していた時に同僚だった二人の友人から、分析やその解釈などにつき貴重な助言を頂きました。ここに改めてお礼申し上げます。 |
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