「自明の壁」と“Distinction” |
今回は時事的なトピックとは無縁の、日頃折にふれて感じ・考えていることの一つを書いてみようと思います。 最近とみに「自明の壁」という言葉が頭に浮かぶことが多く、それと紐づいて“Distinction”という概念について色々と考えています。 「自明の壁」エピソード① 「自明の壁」エピソード② 「自明の壁」エピソード③ 「自明の壁」エピソード④ 以上、「自明の壁」についての4つのエピソードを紹介しましたが、これらを思い返すたびに、紐づいて思い浮かぶのが“Distinction”という言葉です。 そして私が思うに、「自明の壁」の本質は、Distinctionがほぼ自動的というか無意識レベルで識別できる人と、Distinctionそのものが認識できない人の違いではないか、ということです。 しかし数千円レベルのものか数万円以上のものかのDistinctionは全く分かりませんし、ましてや、産地の違い(フランスのボルドーかブルゴーニュか、あるいはカリフォルニアのナパかソノマかetc)や、畑の違い、ましてや何年産のものかなどのDistinctionとなると、「言われてみればそんな気がするような気がしないでもない…」というレベルです。 ここからの観察・洞察として言えるのは、まず、ある分野についてのDistinctionがほぼ自動的に、かつ細部に渡ってできる人は、その分野について才能豊かな人、ということです。 しかし、企業が成長し、組織が大きくなるに従って、「大乗の天才」的な要素を自分で身につけていくか、あるいはそこの部分は別の人に委ねるかしないと、企業成長には限界が出てくると思います。 「自明の壁」からDistinctionの話、そして最後は企業経営における「独力によるリーダーシップ(「小乗の天才」)」と「衆知錬成も含めたリーダーシップ(「大乗の天才」)」と、私のいつものテーマに戻ってきました。 |
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