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新型コロナ関連で、意思決定の観点、とりわけValue Tradeoff（「あちら立てればこちら立たず」の、複数の価値判断尺度の間での優先度付け判断）の観点から気になる記事が2つほどあったので、それらを取り上げ、感じたことを綴ってみます。

各記事を紹介した上で、「⇒」以下に私の感じたことを記して行きます。

①「ワクチン接種、誰を優先」というコラム記事から（日経新聞 朝刊 2020年11月23日付）

…英イングランドのジョナサン・バンタム副主任医務官は、11日の記者会見で、身近な家族に受けさせたいかという視点で新型コロナウイルスワクチンの接種を考えてみることが重要だと述べた。自身も受けたいか78歳の母親を優先するというバンタム氏に倣い、筆者も母に電話してみた。

…80代の母は元看護師で、毎年のインフルエンザ予防接種を欠かさない。だが新型コロナに関しては違った。「全く外出しない私がなぜ最初にワクチンを打たなければならないの？経済を回すために若い人が接種すべきでしょ」。糖尿病を患い、南アジア系であるというリスク要因は認めたものの、もう人生を十分満喫したので社会のためになるなら喜んで後に回るという。

…当初は供給量が限られる貴重なワクチンをどう配分すれば皆の理解が得られるか、一刻も早い議論が必要だ。

…誰を優先するかでは、英ワクチン・予防接種合同委員会が9月、暫定的な提言を出した。介護施設の入居者と職員は当然、最初に接種を受けるべきで、医療従事者なども優先される。あとは年齢の高い順に50代まで順に接種をしていくというのが提言の内容だ。

…入院や死亡の割合がかなり低い若い世代は、ワクチンがより多く出回るようになってから接種を受けることになる。英オックスフォード大学ブラバトニック公共政策大学院の上級リサーチフェロー、ヒューゴ・スリム氏は人間の命にどう優先順位を付けるかに関し、開かれた議論がないと残念がる。

…同氏はロックダウン（都市封鎖）に反対ではないが、現行のコロナ対策では生物学上の生ばかりが重視され、人間としての生が軽んじられているとみる。「中高年は人としてそれなりの人生を生きてきた。若い人は（ロックダウンで）教育や人との交流、雇用が減少し、かなり違う道を歩んでいる」。公的医療制度への負荷を減らすために年齢の高い順にワクチンを打つのは、高齢者の命に本来の価値を見いだすのではなく結局、発症時の処置にかかるコストを計算しての行為だという。


⇒難しい問題にあえて踏み込んだ記事だと思いました。ここで紹介された英ワクチン・予防接種合同委員会の暫定的な結論というのは、まずまず妥当な考え方だと思うのですが、その理由が「発症時の処置にかかるコストを計算しての行為」だとすれば、身も蓋もない話だなぁという感慨を持ちます。

さらにその前に、ワクチン供給量の制約がある状況で、発症したら当人の年齢や状況にかかわらず必ず処置をするという、普通なら当然とみなされる前提が、著者の母上の発想をふまえると、それでいいのかという本質的な問い－という問いを発してもいいのかという根源的な哲学なり倫理観も含めて－も浮び上がってきます。

ワクチン接種に優先順位をつける必要がないだけの量のワクチンを最初から用意できれば、こうしたトレードオフの問題は生じないのですが、それがどうしてもできないときには、仕方なくトレードオフの判断をせざるをえないわけです。

その場合には、誰しもそうした判断はしたくないので、全ての人の生命は等価であり、であればどの人を救っても、その行為の価値は同じ。であれば、「発症時のコスト最小化」で優先順位をつけるのが、公的機関や政治にとって最も非難される可能性の低いやり方になるわけです。

ではあるのですが、冒頭に紹介された著者のお母さんの発言の方が、その考え方自体の当否は横に置いたとして、より本質的な部分に踏み込んでいるように感じます。

ここで私が妄想的に思ったアイデアは、優先順位についての国民の考え方を問うアンケート調査を、右から左まで様々な思想信条のメディアが行ってはどうか、というものです。

アンケートの問いを設定するときには、どうしても調査側の考えが、設問設定にバイアスとして含まれてくるので、もともとの哲学的考え方が異なる複数のメディアが作ってアンケート調査を行うのが望ましいと思います。

それら各種調査を参考に、ワクチン・予防接種の方針を決める会議体なり政府が方針を設定すれば、国民にとって納得度の高い方針が出来上がると思うのですが、読者の皆さんはどう思われますでしょうか？

ここで思い起こされるのは、日本における原子力発電所の問題です。導入が始まった当初、国も自治体も電力会社も、「100%安全、リスクなど全くない」というトーンで語っていたのですが、現実にはそうではなかったわけです。

そもそも「100%安全、リスクゼロ」などということは実際にはありえないわけで、本当は、国も自治体も電力会社も分かっていたはずです。しかし「それを言ってしまうと、電力の低コスト・安定供給に大きく資する原子力発電所建設に対して、国民・住民の合意が得られないだろう。だから、実際にはありえないが『100%安全』と言っておこう」と判断したのだと想像します。

そして、国民・住民も薄々は「リスクゼロ」が嘘だとわかっていたのに、気づかないふりをしたのだと思います。本来は、原子力発電のメリットとデメリット、事故が起きる確率と起きた時の深刻度も含めて、国民に開示し判断を仰ぐべきだったはずです。（当時の現実の政治がそのように進みにくかったのは承知の上で、あえて「べき論」を言っています。）

原子力発電の問題やワクチン接種の優先度問題も含めて、誰しも、「あっちも大事」「こっちも大事」というだけの、「美しいこと／きれいごとですませられる状態になってほしい。そういう状況でありたい」と思うのは当然です。

従って、トレードオフ判断をする必要のない状況を作れることがもちろん一番望ましいのですが、「どうしてもトレードオフ判断が必要」という状況に備えて、こうした国民の「トレードオフ判断に関する意向の傾向を予め掴んでおく」ことも、これからは必要なのではないかと考える次第です。

②「ワクチン開発、最後の壁」というコラム記事から（日経ビジネス 2020年11月30日号）

…米ファイザーと米モデルナによる2つの新型コロナワクチンが注目を浴びている。両社が相次いで「有効性9割超」という臨床試験（治験）の解析結果を報告したためだ。インフルエンザワクチンの有効性が5割前後であることを考えれば、驚異的である。

…両陣営は、いずれも「メッセンジャーRNA（mRNA）」と呼ばれる遺伝子を使ったワクチンの実用化を目指している。

…このワクチンは、遺伝子を人工的に合成するため、短期間で大量に製造できる利点がある。コストも比較的安く抑えられ、ファイザー陣営は先進国向けには1回当たり2000円程度で供給できると表明している。とはいえ、世界に普及させるには乗り越えなければならない、幾つかの壁がある。まず直面するのが、サプライチェーン（供給網）の確保だ。

…仮に供給網の課題を克服できたとしても、最後に直面するのが、接種忌避の問題だ。世界には、副反応への心配や「自然の摂理に反する」といった倫理上の理由から、ワクチンを打ちたくないという人が存在する。

…フランスに本社を置く世論調査会社イプソスが、世界15カ国、1万8000人超を対象に10月に実施したアンケートによると、全体の73%はワクチンがあれば「接種する」と回答した。だがこの数字は3ヵ月前に比べると4%ポイント減少している。ちなみに、日本はこの調査で69%と平均よりも低く、前回の75%から大きく低下した。

…日本はフランスなどと並んでワクチンへの信頼度が最も低い国の一つだ。過去に子宮頸（けい）がんを予防するためのワクチンで、接種後に痛みなどを訴える人が出た際、メディアの報道が過熱し、国が接種を積極的に勧奨しなかったことなどが影響しているとみられる。

…日本ではワクチン接種に法的拘束力はなく、判断は本人または保護者に委ねられる。接種機会を前にして、多くの人は「ワクチンを打たずに感染し、重症化するリスク」と「副反応を引き起こすリスク」をてんびんに掛ける。欧米ほど感染者や死者が増えれば、接種が広がるかもしれないが、今の日本ではそうした意識は芽生えにくい。

集団免疫が獲得できなければ、経済活動が長期間、低迷するリスクを背負う。

…ワクチンに実用化のめどが立っても、日本で早期に接種が広がるかどうかは未知数だ。


⇒私自身は、毎年必ずインフルエンザの予防接種を10月第1週に受けているくらいで、新型コロナの予防接種が可能になったら、いの一番に受けようと思っています。しかし、この記事にあるように「接種する」という明確な方針を持つ人は、70%もいないのですね。実際、私の友人の中にも「接種するか否か悩んでいるので、その意思決定をどのように行うか、籠屋さん、例を示してもらえないですか！？」と問いかけてきた方もいます。

選択肢が2つで、それぞれについての選択肢でコロナにかかる確率がどうなるか、かかった場合の症状がどうなるかのシナリオを書きだしていけば、構造としては、かなりシンプルなディシジョンツリーで状況を表すことはできると思います。

難しいのは、各シナリオがどの程度、本人にとって望ましいか、各人の人生観なり生き方についての哲学が反映された「嬉しさ程度」を、自分の心の本音に問いかけながら、明示していく部分です。

また妄想的になりますが、望ましくは、こうしたディシジョンツリーのひな型をアンケート的に多くの人に配付し、それぞれの人の判断を記入してもらうことで、国民の哲学なり人生観を調査し、それを参考にして、ワクチン接種をどのように進めていくかの政策を決定することだと思います。

①の記事のところで書いたように、これを各種メディアにやってもらうのも良いでしょうし、あるいは、哲学者達に依頼してやってもらうのも良いと思います。さらには、最近話題になった「学術会議」に調査検討課題として取り上げてもらっても良いかもしれません。メディア同様、哲学的価値観の異なる多様な哲学者や学者からなるグループにやってもらうのが望ましいと思います。

2つの記事を読み返してみて改めて感じたのは、こうした価値判断尺度間のトレードオフないし哲学的価値感について、政府なり〇〇会議といった組織は、何らかの意識調査を継続的に行って、国民の哲学的価値感に関するトレンド変化を常にモニターしておき、それをベースに、あるいは根拠に政策決定をすれば、そしてその根拠なりロジックを明快に説明すれば、国民の理解が得られやすいのではないか、ということです。

原子力発電についていえば、当時の政府は国民の「民度」を考えて、「100%安全はありえないが、『メリットとデメリットを勘案して…』というロジックには国民は耐えられない」と判断したのだと思います。しかし今現在の日本国民は、もう十分成熟し、民度は高いと思うので、上記のやり方が今は可能ではないかと思い、願うわけです。

我々はどうしても「トレードオフ判断には追い込まれたくない／したくない」という「あれもこれも大事だから優先順位なんかつけられないし、つけるべきではない」という「きれいごとですませたい症候群」があります。しかし残念ながら、それは逆に混乱を招いたり、哲学的価値観が異なるかもしれないと思う人達同士で互いの不信感を高めることにつながるのではないかと思うのです。読者の皆さんはどうお感じになりますか？