このタイトルのブログの第2回目です。今年1月に雑誌に掲載されたものですが、この問題意識にひっかかってきた記事(日経ビジネス誌 2023年1月23日号 [特集記事:殻を破れ! Panasonic 成長なき40年からの脱却] )の引用とそれに対する私のコメントを(「⇒」以下に)記します。*********************************************************…住宅設備などを扱うエコソリューションズ社の副社長から、19年にアプライアンス社のトップになった品田は、眉をひそめた。パナソニックとして自信を持つ製品でも、価格の急落が激しかったからだ。食器洗い乾燥機は国内市場シェアの9割を握り、有力な競合はいないにもかかわらず、新製品が年間で2割下がっていた。最初に商品を買った人と、値下がりしきってから買った人の値差が4割になるケースもあった。「消費者を向いて仕事をしていない。見ているのは量販店のバイヤーだ」。…「値付けを主導できる方法はないのか」。品田は社内に号令をかけた。対応に当たったのは、マーケティング部門。課題は独占禁止法にどう対応するか。独禁法では、メーカーが流通業者の販売価格を拘束することが問題になってしまう。公正取引委員会に問い合わせると、在庫が売れ残るリスクをパナソニックが引き受ければ、同社が価格を指定できることが分かった。小売りが取次店のような役割を担うことで、実質的にメーカーが販売している形になるなら問題ないということのようだった。…品田は、価格を改めるために頻繁にモデルを更新する慣習が、結局はものづくりの力を低下させていると問題視している。洗濯機や冷蔵庫は8~10年に1回買い替えるものなのに、開発者は去年のモデルと比べて機能がどうなのかと短期的な発想で開発することになってしまっていたという。「俺たちがやりたいことはこんなことじゃない」。これが開発現場の思いだと、くらしアプライアンス社社長の松下理一は語る。ある社員は、本当に必要な機能が何なのか十分には調べる時間がない中で、1年ごとに新しい機能を加える状況を「マイナーチェンジ地獄」と表現した。「消費者の欲しいものを調べて開発するには、2年はかかる」と松下は言う。これまでよりも多くの時間を注いで開発した製品が、23~24年にかけて冷蔵庫からオーラルケアまで10近い分野で発売される。品田は開発陣に「重要なのはこれまでのような足し算ではなく、引き算。一点突破で刺さる商品をつくれ」と訴えた。*********************************************************⇒ここから読みとれるのは、真剣に事業・仕事に取り組んでいると、今の仕事のやり方に強い疑問を抱くようになり、それが改善・改革のトリガーになり、それを成しとげるためのパッション・エネルギーになる。ということです。○消費者でなく量販店のバイヤーを向いて仕事をしていることで、高い価値をもつ商品を、量販店とメーカーとの従来の取引慣行に従って価格を毎年下げていく→おかしいじゃないか!?○マイナーチェンジ地獄→俺たちがやりたいことはこんなことじゃない!この強い問題意識や憤りをバネに、独禁法の問題への対処策や、きちんとした価値ある商品開発への取り組み体制への変革を行なった訳です。一人の天才が問題の本質を見い出し方策を打ち出すのではなく(それが時々はあってもいいし、あれば嬉しいですが、そんなことをただ待っているのでなく)、普通の人達が今のやり方で仕事に真剣に(=ただ漫然と「真面目に」だけでなく)取り組む中で「こんなのやってらんない!」「おかしいんじゃないか!」が出てきたら、「まあ、今までそういうことになってるんだから仕方がない」「給料分、真面目にやってればいいんだ。仕事のやり方・仕組を変えるのは自分達の役目じゃないし、それをやるだけの給料をもらってるわけでもないし…」で終わらせない、仕事へのパッション・志が大事なのだと感じます。
同じ特集記事から、追加の引用です。*********************************************************…只信は全社の経営企画部長などを経て22年4月、パナソニックエナジーのトップとなった。…只信は「上司に承諾を取っておかないと前に進めない」という、従業員を縛っている無意識のルールを変えて「自走する組織をつくりたい」と語る。楠見の「自分で考え抜け」というメッセージが、浸透し始めている。(以下、パナソニックホールディングス社長兼グループCEO楠見氏の言葉です:籠屋注)…本社が指示して業績が厳しくなったケースが多いことです。例えば、プラズマテレビへの過剰投資はそうです。逆に事業部が主体的に動いて厳しくなったケースは少ないです。また、2013年に売上高で車載2兆円、住宅2兆円という目標を会社として掲げましたが、いつまでにという期限があることで、本社が意図しないような、利益が取れない無理な注文を取ってくるケースが横行しました。本来は、事業に一番近い責任者が自らの意思で目標を設定し、コミットメントとして実行しなければいけませんが、それができていませんでした。会社の目標に対して、現場では「なぜできていないのか」と追及されることもありました。そういった状態が続くことで、売上高や利益の計画を守ることが最優先され、目的化されてしまった。営業利益は細工できる。まあ、「うそ」をつけてしまうんです。上司が部下を追及することが増えたことで、会社は上意下達が強い風土になってしまった。本当は現場に近い人ほど事業をよく知っていますが、部下としては「上のことを聞いていたらいいんだな」となって、気付いたことも言えなくなってしまっていた。1000人いたら1000人の力を集結させたいところだが、上だけで判断すると知恵が集まらなくなる。そういったことが停滞につながってきたと考えています。*********************************************************⇒ここで只信氏や楠見氏が語っている問題意識は、その通りだと思いますし、社員の衆知を結集していこうという、今やろうとしていることの方向性は大変良いと思います。しかし、そうした問題意識から発した対策が、「100%出資の事業会社を8つぶら下げる持ち株会社制をスタートさせ、投資も採用も事業会社が自ら決められる独立性の一層高い組織へと見直しました」という、その後の記述(この文章自体は、楠見氏の直接の言葉でなく、編集側の記述ですが)を見ると、「本当にそれが的確な対策なんだろうか」「うーん、なんだかなあ…」感を持ってしまいます。「上司に承諾を取っておかないと前に進めない」という従業員を縛っている無意識のルールとか、「会社の目標に対して、現場では『なぜできていないのか』と追及されることがありました」とか、「部下としては『上の言うことを聞いていたらいいんだな』となって、気づいたことも言えなくなってしまっていた」という文言を見ると、もともとパナソニックの社員が「ただ真面目に言われたこと、従来のやり方を踏襲するだけで、それ以上の問題意識をもつことのない」人達では、決してないことが読みとれます。要は、真剣に仕事にとり組み、問題意識をもち解決策を考え、それを発信してもその都度、それを封殺されるという悪い経験が積み重なり、そうした「上司に怒られる先輩や同僚」から(悪い意味で)学んだことの蓄積が、今の社員の人達の意識なり行動パターンにつながっているのだと思います。であれば、組織構造を変え、権限規定を変えるというありきたりの方法をとる前に(それらも、ないよりはましかもしれませんが)、実際の個別の課題での意思決定への取り組みやコミュニケーションの場面での発言や行動を、品田氏、只信氏、楠見氏をはじめとするトップ層自らが個別具体的に行なっていく。それを見て勇気づけられた社員の人達が、(前例踏襲や上司の意を忖度するのでなく)どんどん前向きに仕事に取り組み発言していく。こうした光景が、組織の上から下へ、そして横にどんどん広がっていけば、組織構造や権限規定の変更よりもずっと効きめが速いし大きいのではないかと思います。
ちなみに急に話が飛びますが、今20年ぶりに読み返している司馬遼太郎の「箱根の坂」という、北条早雲を主人公とした小説の中に、面白い文章を見つけました。*********************************************************・日本国の礼にあっては貴人に質問はできない・この時代の寄親(よりおや)と寄子(よりこ)というものの結び目は信頼以外になく、もし「早雲どのはいったいわれらをどこへ連れてゆこうとなさる」と質問すれば、もはや、頼うだる・頼もしという関係は薄れる。だれもがそれのみ怖れ、おのれの前途の不安についてはおそれない*********************************************************⇒この「頼うだる」精神におけるリーダーへの絶対的信頼は、一面美しいのですが、他方それは思考停止の従属や質問禁止・自制の忖度につながりやすいのだと思います。以前のブログに書いた「上の人へ質問することは、さからってることになるから質問はできない」と言う、現代の企業ミドルの発言・発想は、ひょっとすると北条早雲の生きた室町後期から(多分、もっと前から)の伝統なのかもしれません。しかし、会社の上司が早雲のように絶対の信頼を置けるほど秀れているかと言えば、多分そうではないでしょうし、そこまで「頼うで」もらう(=頼りにしてもらう/信頼してもらう)と、上司としても困る、というのが今の企業社会の現実でしょう。ですから、社員としては、上司=貴人として質問したり提言することをひかえるのではなく、どんどん問題意識や解決方向を発信し、それをうけて上司も自らの考えをぶつけ、その率直かつ建設的コミュニケーションの中から衆知を結集・錬成した意思決定を行い、会社を良くしていく、というサイクルを回していくことだと思います。ぜひパナソニックにおいても組織構造や権限規定の見直しといった、手あかのついた感のある「改革」、また「原点回帰」といったスローガンでとどまることなく、意思決定を起点とした個別具体的発言・行動から企業改革に取り組んで行って頂きたいと、心からのエールを送りたいと思います。
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