このところずっと、「仕事とは」「稼ぎとは」「社会の格差と分断」「社会・企業発展における天才突出・駆動型か凡人チーム衆知錬成型か」といったテーマが、何となくひとまとまりの問題意識となって頭と心の中をめぐっています。このブログ記事では、2つの記事をトリガーに、「稼ぎと働きがい」、さらには「人間にとっての生きがい」における仕事の意味・意義についてつらつらと綴ってみたいと思います。まずは一つ目の記事を引用してみます。(「⇒」以下に、記事を受けた上での私の感想を記します)①[AIを脅威から教師に 福祉への活用公的投資を 働きがいは代替できない](2023年12月24日日本経済新聞朝刊の「直言×テクノ新世」というコラムのアビジット・バナジー米マサチューセッツ工科大学教授へのインタビュー記事より)(注:インタビュアーからの質問はイタリックで記します)ーー幸福度は雇用や賃金と密接に結びついている。だとしたらAIが人間の労働を代替していくことで、人々の幸福度が下がってしまうとも考えられる。…「それは重要な」指摘だ。政府が全国民に最低限の所得を保証するユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)という考え方がある。これを導入すると、労働者はたとえ職を失っても生活はできる。その結果、人々が創造的なビジョンを持ち、多様な活動に取り組むようになると期待する人もいる」「ただ私が思うに、自由になった時間を自分で埋めるのは非常に難しい。私の教え子がバングラデシュのロヒンギャ・キャンプでランダム化比較試験(RCT)という手法を用いて発見したのは、働かずにお金をたくさんもらえるより、少ないお金しかもらえなくても働く方がいいという人が多いことだった。ウガンダでの実験でも人々は働く方を選んだ」ーー労働を手放すと人は途方に暮れてしまう。「働かなくてもいい社会」が到来すると、新たな問題が出てきそうだ。…「近代以降、人々は農場や工場で働くことで自分の時間を構築してきた。AIが人間の労働を代替した結果、働かなくてもいい社会が到来したとする。そのとき人々は自分の時間を何に使うのか。『自分で娯楽を見つけなさい』というのは簡単だが、人生の時間を埋めるほどの娯楽を見つけられるだろうか」⇒インタビュー記事の前半では、副題の一つ目にある「福祉の分野」、とりわけ医療分野へのAIの活用について語っておられ、それはそれで「確かに!」と思ったのですが、私は2つ目の副題にある「働きがい」の部分が、より印象に残りました。社会へのAIの適用がどんどん進んでくると人々の仕事が奪われ、仕事で得ていた稼ぎがなくなると困るので、最低限の所得を保証するユニバーサル・ベーシック・インカム(UBI)という考え方が出てくる。同時に、大半の人がAIに仕事を奪われる一方、AIを使いこなすことで通常の人にとってありえない程の金額を稼ぎまくる極く一部の人に冨が集中し、今より桁違いに格差や社会の分断が進む。こうした社会でも、そこそこの生活レベルが維持できるUBIがもらえれば大半の人達は「ラッキー、ハッピー、好きなことをして楽して楽しく暮らせて良い!」となればよいのかもしれません。しかし、バングラデシュやウガンダでの実験が示す「働かずにお金をたくさんもらえるより、少ないお金しかもらえなくても働く方がいい」という人が多い、という現象は、UBI(だけ)では大半の人は幸せになれないことを示しているように思います。それは、私の考えでは「仕事は単に生活を維持する為の金を稼ぐためだけのもの」ではない、という考えてみれば当たり前のことが根っこにあるからだと思います。仕事をすることによって得られる「働きがい」ということになるかもしれませんが、私はそれ以上に「仕事をすることは人生の生きがいの重要な要素」だ、ということと考えます。さらには、「人生の生きがいの重要要素」とは、具体的には「他の人々や社会に対する貢献の喜び」だと思います。様々な識者のいうように、人類は他の生物種に比べて仲間と一緒にチームとして活動する能力に長けている。さらに言えば「自分一人が喜ぶとか楽しくなること以上に、仲間に貢献することに大きな喜びを感じる」という特質です。仕事をすることは、自分の生活費を稼ぎ一定以上の生活レベルを保ち向上させるためのみならず、一緒に働く仲間にチームの一員として貢献し、さらにはチームなり組織なり会社なりが提供するサービスや商品を購入・使用してくれる顧客や社会が、その利便性や便益を活用して喜んでもらえることにつながり貢献することになる、ということなのです。そう考えると、かなりの額のUBIが支給される社会になり、仕事において生活費を稼ぐ為という意味がほとんどなくなったユートピア的社会になっても「他者や社会への貢献による喜びの獲得」という意義・意味での「仕事」はなくならないのではないかと思います。多分そこでは、今の社会における「仕事」VS「ボランティア活動」という違いも意味を失うことになると考えます。以上、一足跳びにユートピア的妄想社会を語ってしまいましたが、もう少し現実的に「仕事-稼ぎ-働きがい-生きがい」についての実現方法のヒントになりそうと感じた記事を紹介してみます。②[キーエンスしのぐ営業利益率60%越え 高収益企業オービック「古き良き昭和」を力に](日経ビジネス2023年11月20日号の特集記事より)「こんな失敗がありました」「お客様はこう考えています」ある日の午後、東京・京橋にあるオービック本社内の会議室に100人ほどの社員が集まっていた。メンバーの年齢は様々、所属する部署も多岐にわたる。約1時間のミーティングは和やかな雰囲気の中で進み、それぞれが自分の考えを述べる姿が目立った。超高収益企業オービックを成り立たせる上で、同社幹部が「大きく寄与している」と口をそろえるのが、この「ワーキング」と呼ばれる社員主体のカイゼン活動だ。…メンバーの数は10~20人のケースが多い。大半の社員が複数のワーキングに参加。ワーキングの取り組み自体は人事評価に直結しないが、オービックは業務の一環と位置付けており、就業時間内に活動する。…オービックの2023年3月期の連結売上高は1001億円、営業利益は624億円。売上高営業利益率62%は同業大手の野村総合研究所の16%。伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)の8%、SCSKの12%などを寄せ付けない。…システム業界は人材の流動化が進んでいるが、オービックは採用をあえて新卒に限定する「逆張り」で知られる。…自前主義で成長するため社員教育には力を入れる。新入社員の教育を担うのは、入社2~3年目が中心の若手たちだ。立候補した200人ほどの教育係がカリキュラムをつくり、講師役も務める。…自前主義を貫き、社員の一体感を重視するオービックは家族主義も標榜する。…家族主義のオービックはリストラを行わず終身雇用を守る。ただし社員それぞれの資質や働きには違いがあるため、給与体系は年功序列ではなく実力主義だ。入社5年目ごろから給与に差が付き、中堅以降は同期入社でも年収が2倍ほど違うケースもある。⇒先の記事では、仕事のもつ「生活費を稼ぎ安心して生活できるための活動」という面がAIによって脅かされた時、UBI(ユニバーサル・ベーシック・インカム)はそれを補う手段としては不十分。仕事のもつ「仲間や顧客や社会への貢献を実感できることによる喜び」という側面を忘れるわけにはいかない、ということを論じました。オービックのこの記事を見ると(多少美化されてはいるのだろうと想像しますが)、安心して生活できるようにするための手段として「終身雇用」がうたわれているのだと思います。自分の能力を発揮して「ちゃんと働いている限りリストラはしませんよ!」というメッセージのもと、安心して働くことができるわけです。もちろん会社に隷属しているわけではないので、自分の働きに見合った待遇がうけられないとか、好きで得意な仕事が社内に見い出せないと判断すれば、転職することは可能なわけですから、社員と会社のwin/winの関係が続く限り、「結果的に終身雇用になる」ということだと思います。仕事への取組みの仕方についても、家族主義による互いへの信頼感のもと、「ワーキング」を通じて互いの知恵と知識が衆知錬成の形で活用できていれば、仕事を通じての貢献意欲も満足させられ、それが好業績にもつながるのだと思います。ただ、こうした昭和的な家族主義や終身雇用はともすると、なあなあ・まあまあ主義に陥り、良い意味での緊張感を失わせることにつながりかねない、という危険性をはらんでいるのですが、そうしたことへの歯止めとして、年功序列の給与体系ではなく、実力主義による処遇を取り入れているのだと思います。資本主義の権化ともいうべきアメリカ社会では、貢献度の差としての給与の格差が何百倍~何千倍というすさまじい格差となって現れ、それが各人の会社や社会への貢献度の差ととらえられると、差をつけられた人達の敗北感・不遇感につながります。しかし、オービックの場合「中堅以降は同期入社でも年収が2倍ほど違うケースがある」にしても、その差はせいぜい2倍なのですから敗北感・不遇感・残念感は許容範囲だろうと思われます。つまり、給与が少ない方の人達も、生活に困らないそこそこ以上の給料がもらえている限り大きな不満や敗北感にはならない範囲かと思われます。もしそれでも「いや、こんな給料じゃ自分の満足できる生活レベルを満たすことはできない!」と思う人は、自分として必要と思える給料を用意してくれる企業を見つけて転職すればよいわけです。もちろん、多くもらっている側の人でも、「2倍程度多くもらっても、自分の力や貢献度からするとまだまだ不十分!」と思えば転職すれば良いわけです。まとめると、オービックの仕組みは:①“終身雇用”による安心感②家族主義的雰囲気やワーキングをはじめとする仕事の仕方による仲間意識と、仕事を通じた会社や社会への貢献の実感③なれ合いを防ぐための実力主義による処遇④大きな疎外感や敗北感を招かない範囲での処遇差ということかと思います。確かによく考えられた発想であり仕組・制度だと感じます。「稼ぎと働きがい、生きがい」という観点から非常に参考になる組織運営だと思います。個別の企業ごとに仕事の内容や集う人達の特性が違いますので、すべての企業がオービック的な運営が良いわけではないとは思いますが、AI化で加速する社会のありようの変化に適応していく際の、一つの貴重な参照事例になるのではないかと感じた次第です。
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