前回の(I)では、「八ツ場(やんば)ダム建設」是非の議論に触発されて、企業における「悩ましい状況に共通する、克服すべき課題と解の方向」につき、次の3つのポイントを説明しました。 ***************************************************** ①関係者同士が、一緒に議論をする気持ちになっておらず、互いを敵とみなしている ⇒一堂に会した話をする場を設定し、Vision Statement やForce-field Diagramを活用して建設的ディスカッションを促進し、仲間意識を醸成 ②事業や会社全体の視点での議論になっていない ⇒価値判断尺度のリスト作りから始める ③各陣営の主張が整合性・具体性に欠ける ⇒第一測定尺度としての「事業・会社全体の視点での価値判断尺度」に照らした測定に耐えられるよう、(複数の)重要意思決定項目の総体・かたまりとして、複数の選択肢を設定する ***************************************************** 今回の(II)では、引き続き、追加の3つのポイントにつき述べて行きたいと思います。 ***************************************************** ④ 自らの陣営の「結論ありき」から、不確実性について「逆算の一点読み」をしており、「振れ幅をもった正直ベースの読み」になっていない。: このブログのエントリーで前に何度も書きましたが、不確実性に満ち満ちている現実世界にもかかわらず、自分たちの主張を通さんがための「願望的逆算値」を互いに言いつのる、という場面がよく見られます。 ⇒解の方向: ①、②、③の作業を共同で行ってきた中から醸成されるチーム意識、相互信頼感のもと、「正直ベースの読み」 を、一つ一つの不確実要因ごとに、その要因についての真のエキスパートの名にふさわしい人たちで意見交換をする中で Base/High/Lowのアセスメントを行うことです。できれば、そこには、各陣営から人を出して、「これがわが社の衆知を集めた、今時点でのベストの読みだ」という納得感のあるものを作っていくことです。こうして集めた「振れ幅をもった正直ベースの読み」を活用して、③で設定した各選択肢を測定・評価し、不確実性の動きによる最適解の変化などについてのロジックの詰めも含めて、関係者全体がより納得のいく解決案を練り上げていくのです。 ⑤ ロジックの中にサンクコストの話が紛れ込んでいる: 「もうこんなに投資したんだ、今さらやめられない。第一、これまでの投資の責任をいったい誰がとるんだ!」とか、「当初予定の投資額をすでに大幅に上回っている。この上さらに追加投資なんて、いったい何を考えてるんだ!」といった、過去の投資(=サンクコスト:埋没費用)にとらわれた議論が山のように出てきます。 ⇒解の方向: 「過去は変えられない。従って、サンクコストに引きずられることなく、過去の投資によって今現在存在する獲得資産を踏まえて、今から新たに/追加的に行う投資や費用の使い方として、費用対効果の面で最も優れた選択肢を選ぶべき」という考え方を、議論の中で徹底することです。 当然、「これまでこのことに賭けてきた自分の人生をいったいどうしてくれるんだ!」という感情面でのサンクコストに引きずられた議論も出てきます。それについては、辛いことではありますが、①~④の議論のプロセスを通じて、次第に「まあ、そうはいっても過去が変えられるわけでもないし、自分の人生が戻ってくるわけでもない。後輩たちのためにも、これからの経営資源の使い方としてベストな方策を見出して実行するのが、自分たちに課せられた歴史的使命だ、っていうことだよね」という気分に、皆で自分たち自身の気持ちに折り合いをつけて行くしかないわけです。 ⑥ 最後の「価値のトレードオフに関する判断」に直面し決断することから逃げるリーダーの存在: ①~⑤の解の方向で示されたような検討をして、どの価値判断尺度をとってもこの選択肢がベスト、という選択肢が見出せれば、あとはやるのみということになります。しかし実際には、各価値判断尺度の指し示すベストの選択肢が異なっている、従ってそこでは価値判断尺度についてのトレードオフの判断、決断が必要、という場面が出てくることも少なくないわけですが、ここで逃げてしまうリーダーが、時にいます。典型的には「これじゃ俺が決められないじゃないか。俺が迷わずに決められる案を持って来るのがお前らミドルの仕事だろう。やり直し!」といって、決断を先送りするタイプです。 ⇒解の方向: まずは、各選択肢を複数の価値判断尺度に対して評価・測定した結果を「トレードオフ表」という一覧表の形にまとめ、それを意思決定者グループでうんうん唸りながら議論することです。この価値判断尺度間の優先順位づけによる結論出しは、ある意味、哲学的な意味での価値観の問題なので、簡単には結論が出にくいですし、当然個人個人で結論が違ってくる、という性質のものです。 従って大変に難しい判断ではあるのですが、これを決断するのがトップの責務なので、この責務から逃げて先延ばしにするような人は、本来、マネジメント(=難しい状況の中で何とかして物事を前に進めていく)という仕事に向いていないので、こういう人をトップにしてはいけないのです。。。ではあっても、たまたま不幸にしてそういう人物がトップにいる場合には、真のトップ・リーダー意識を持った人たちが、この人物をなだめすかしたり、気持ちよくだまされてくれるよう、「必要悪」としての提案資料の「お化粧」をして、物事を進めていくことになります。 それをやったとしても、まだ重い仕事は残っています。つまり、価値判断のトレードオフについて「苦渋の決断」があるということは、その結論が自分にとっては嬉しくない、場合によってはこれまでの自分の人生を否定されたような気になる人たちが社内に少なからず出てくる、ということでもあります。①~⑤の作業に携わった人たちは、そのプロセスを通じてある種の諦観も出てくるのですが、その他の大勢の人たちにとっては、意にそまない結論を初めて聞かされる、ということが起こるわけです。 つらいですが、ここは、トップのみならずこれまでの検討プロセスに携わった人たち全員が、結論に至るまでの様々な議論を、そこでの検討資料も使いながら、丁寧に誠意と共感をもって説明し、最後は、嬉しくない状況になる人たちが自らの気持ちに折り合いをつけられるまで一緒に語り合う、ということだと思います。。。最後は魂(たましい)も含めた「人間力」が問われることになります。 ***************************************************** 以上、 企業の戦略課題の典型的困難状況に共通する問題点と対処方法について、(I)と(II)で計6つのポイントを述べましたが、ほとんどのポイントは、今回の「八ツ場(やんば)ダム」をはじめとする公共事業・工事についての利害対立の問題にもあてはまるのではないかと思っています。ダムのみならず、道路、橋、空港など、適用できそうな問題が色々ありますよね。 もちろん、国や自治体といった政治的な問題では、企業に比べて、関係者の人数が圧倒的に多いとか、使う価値判断尺度が異なってくる、といった違いがあるので、それらに合わせた手直しや工夫は当然必要でしょうが、全く使えないという理由はないように思われます。 。。。「八ツ場(やんば)ダム建設」是非の議論に、上記の①~⑥を当てはめると具体的にどうなりそうか、当てはめるにあたってどんな手直しや工夫が必要になりそうかについて、このブログでさらに議論を展開してみようかとも思いました。しかし、賢明な読者の方々にはすでにある程度そうした想像はつくでしょうし、またきちんとした議論をするには、私自身のこの問題についての知識・理解レベルが浅いことから、今回はここまでの議論とすることにします。 このブログの読者の中に、もしこういった国や自治体などの課題・悩みに携わっておられて、ディシジョンマネジメントを使ってより建設的な検討をしてみよう、という方がおられれば、ぜひトライしていただき、私まで検討試案をお送り頂ければと思います。そしてもしご本人の承諾がとれれば、他の読者の方々の参考に、このブログのコーナーで紹介させてもらい、私の助言なども付け加えられればと願っています。 そのほかにも、このブログエントリーへのフィードバックなど、お寄せいただけると幸いです。
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