少し前になりますが、、シャープと台湾のEMS(電子機器の受託製造サービス)企業 鴻海(ホンハイ)との液晶に関する提携について、次のような町田前会長の発言が新聞に載っていました。記事が手元になくなってしまったので私の記憶によるものですが、主旨としては、曰く: 【シャープはまずコストを考えて、それに利益マージンを乗せて価格設定を行う。そして、その価格ならどれくらい売れるかと考えて、生産計画を作る。一方ホンハイは、そもそも大きく普及するにはこれ以下の価格でないとならない、というところから発想する。そのうえで、それで利益が出るためにはどういうコストで作らないとならないか、ということから製品設計やスペック決めを行う。この発想の違いが、シャープの液晶での失敗を招いた。。。】 いかにも「シャープは顧客視点がなく『コスト+マージン』で価格を考え、一方ホンハイは顧客視点で価格を発想し、そこからコストやスペックを逆算する。こういう、顧客視点のビジネスのイロハさえ踏まえない日本企業が、戦略性に優れた台湾企業や韓国のサムソンに負けるのは当然だ」と読者に思わせるのが、この記事全体の——典型的な「日本はダメだ」産業的な——トーンだったと記憶していますが、本当にそうなのでしょうか? 確かに、いまだに「コスト+マージン」で価格設定を考える日本企業の人たちがいることは事実ですが、シャープともあろう会社で、液晶事業部門の人たちが——もしグローバルに事業を考えていたなら——「この価格なら大きく普及する。だからこういうコストで作る必要がある。また、これまでの仕様のままでは、このコストは実現できないから、仕様変更をしよう・・・」と考えなかったとは思えないのです。。。世の中やビジネス書で「顧客視点」がこれだけ強調される中、記事で町田前会長が語ったとされるほど、シャープの人たちのレベルが低かったとは思えないのです。 クライアントの実際の戦略課題への取り組みを支援する、私の最近の複数企業でのディシジョンラボの現場経験・感覚からすると、「顧客視点がなかったから」という表層的な問題の裏に、「残念なる思い込み=すでに適正さを失った暗黙の前提」のワナがあったのではないかと推察するのです。 以下すべて私の勝手な推察ですが、思うに、シャープの人たちに顧客視点がなかったわけではなく、結論的に言うと、間違いは、そもそも「想定している顧客」が違っていたのではないか、ということです。以下、少し回りくどくなりますが、お付き合いください。 記事の中に「まずコストを考えて」とありますが、メーカーの方ならすぐわかると思いますが、一台当たりのコストは、想定する生産台数で大きく変わります。大雑把にいうと固定費や設備投資の金額は、どれだけ作るか、どれだけ売れるかにかかわらずほぼ一定のため—–もちろん厳密に言えば一定ということはなく、生産量・販売量が増えれば徐々に増えてはいくのですが、変動費と違ってそれらに比例して増えたりはしないため——、一台当たりに割りかけた固定費や設備投資の額は、最初に想定する生産台数によって大きく変わってきます。(つまり、想定する生産台数・販売台数が大きいほど、一台当たりに割りかけた固定費や設備投資の額は、小さくなっていく、ということです。) したがって、「まずコストを考えて」といった時点で、すでにおよその台数レベルを暗黙に想定しているはずなわけです。さらにその想定台数によって、変動費の方も、大量購入による割引効果で、部品や素材の単位当たりの購入金額も大きく違ってきます。固定費・設備投資と変動費の両者の影響を合わせると、生産台数が——プラスマイナス2~3割での生産台数の動きなら、いざ知らず—1ケタ、2ケタ違えば、最初に想定する一台当たりコストは格段に違うことになります。 この時、もしシャープの液晶事業部門の人達にとっての「想定顧客」の暗黙の前提が、日本市場—せいぜい、そこに海外での売り上げが加わって1割でも2割でも売り上げが増えると嬉しい、という程度—だったとしたら、どうなるでしょうか? 日本市場は既に成熟市場であり、需要のほぼすべてが買い替え需要。したがって、価格を下げてもそれによって1ケタ2ケタ大きく売り上げが伸びることは、まずありません。であれば、他社のシェアを奪うことによって期待できる、せいぜい2~3割増し程度までの売り上げ台数増しか期待できないわけで、おのずと価格を大きく下げる意味はないわけです。したがって「コスト+マージン」で価格設定したとしても、それほど大きな問題にはならないわけです。 これに対して、ホンハイも多分韓国のサムソンも、自国市場がもともと小さいこともあり、そこでの売り上げよりもずっと大きい売り上げ台数を新興国市場で上げることを想定しており、そこは買い替え需要ではなく新たに液晶テレビを買う顧客、即ち普及段階での市場です。 従って、彼らにとって「急激に大きく普及させるには、どうしたら良いか?⇒それにはこういう価格帯にする必要がある⇒それには、必然的にこういうコストで作る必要がある⇒販売量が大きく伸びることを前提とすれば、かなりのコストダウンが期待できるが、しかしそれでも製品仕様をある程度そぎ落とす必要がある⇒その中で、しかし普及購買層が喜んで買ってくれるスペックは、こうやるとよいのではないか?!⇒・・・」と考えるのは、それほど難しくないのではないかと思います。 要は、シャープの人たちが「液晶事業の主たる市場は日本」という前提をおいた時点で、次のようなロジック展開は極めて妥当なものとなり、予定調和的に万全な——しかしながらサムソン等との競争状況においては戦略的間違いとなる——結論に至るわけです。 :「日本は成熟市場⇒だから買い替え需要が主体⇒そこでの売り上げ台数期待の想定は、せいぜい現状の2~3割増が妥当なところ⇒事業としてのリスクを抑えるためには、想定台数を前提としたときの1台当たりのコストにマージンを乗っけて販売価格を設定する⇒この販売価格を前提とすると、販売台数予測はどれくらいになるか?それに基づく生産台数計画は?⇒最初のおよその台数想定とほぼ一致するから大丈夫!」 最近の、シャープとは全く別業界の複数の日本企業でのディシジョンラボの現場でも、似たようなことがあり、「思い込み前提」の修正を助言したことがあります。具体的には、まだ普及機にある製品にもかかわらず、最初に「現状(の極めて小さい台数)+アルファ」の販売・生産台数という前提を置き、そのもとでの台数あたりのコストを試算し、それにマージンを乗せて設定する価格は必然的に高くなり、したがって売れると想定する台数は、予定調和的に少なくなる、という流れの考え方をしており、その前提を外したうえで複数の選択肢の検討に取り組んで頂いたのです。 話を戻すと、シャープをはじめとする日本の電機業界の人たちがホンハイやサムソンの人たちに比べて本質的に劣っているということではなく、暗黙の前提が違っていることから必然的に出てくる、残念な発想・論理展開とその結果、ということになります。 では、この暗黙の前提や思い込みはどこから来るのでしょうか? それは、「以前には正当性をもっていたが、状況変化により既にその正当性を失ったのに、それに気づかず、その既に正当性を失った暗黙の前提から導かれる論理の結果——ここでいえば、日本市場の規模を前提としたうえでのコスト試算に基づいて価格設定をする、という——を鵜呑みにして事業計画を立てる、ということだと思います。 そもそも、「コスト+マージン」での価格設定も、「日本企業が世界ナンバー1のコスト競争力を持っている」という前提が成り立っていた頃には、それより低い価格を提示できる他国の企業が存在しないのですから、自分たちの「コスト+マージン」での価格設定が顧客にとってベストな価格だったわけです。したがって、当時は【「コスト+マージン」での価格設定】自体、正当なる前提だったのです。残念ながら、今はホンハイやサムソン等の出現により、全く正当性を失ってしまったわけです。 逆に言うと、ホンハイやサムソンが圧倒的に戦略的、というほどのことはなく、ぞれぞれの企業が置かれている、歴史的な経緯や現在のポジションからくる暗黙の前提やエコノミクスの理解(何が利益の源泉か、何がリスクの源泉か、という点での)と、現実にいま直面する課題との齟齬が少ない——たまたまHappyな状況にあるだけ、とみることもできるような気がします。 その意味で、「電機の敗戦、一方〇〇産業はその戦略的動きにより好調」の類の見立ては、超浅い!と思うわけです。ですから、今安泰だと思っている日本の他の業界や企業も、決して人ごとと考えず、「暗黙の前提の悲劇」に陥らぬよう、心して取り組んでほしいと願うものです。 シャープの場合、「思い込み=既に正当性を失った暗黙の前提」としては、ここまでで論じた「日本市場の規模を前提としたうえでのコスト試算に基づいて価格設定を行う」に加え、以下の二つもあったように思います。 ①雇用を守るため、製造は日本で行う ②作った液晶パネルは、基本的にはすべて自社ブランドのテレビに載せる ①は、「日本での雇用を、何が何でも守らねばならない」ということで、これが、海外生産という選択肢を、選択肢として俎上にすら乗せなかった、ということにつながった可能性はあります。 ②は、「自社独自の液晶パネルは、自社ブランドのテレビの差別化・付加価値の源泉であり、ここで大きく稼ぐんだ」という発想ですが、いくらMade in Kamayamaブランドが強くても、圧倒的なコスト競争力に基づく破格の低価格を提示された顧客(日本市場においてすら)が、それでもシャープの(相対的に)高価格の液晶テレビにお金を払ってくれるか、という疑問を直視したのだろうか、という思いが残ります。 二つとも、ある意味「あと知恵」的なところがあり、「日本はダメだ産業」のお先棒を担ぐようで気が引けるのですが、私のここでのポイントは、少なくともこうした「暗黙の前提」をきちんと俎上に乗せ、その正当性を検証し必要なら取り払う、あるいは逆に、明示的にそれらを肯定しつつも、その中で他の選択肢を積極的に探究する、という具体的な検討作業が大事だということです。。。そうした検討を行っていれば、ひょっとすると①や②を是としたうえで敗戦に至らない道を見出し得たのではないか、とも思ったりするわけです。 以上に推察したような、当該事業部門の人たちが陥りがちな「残念な暗黙の前提」を変えてあげるのがトップの役割であり、それが自分たちだけではできなかったから、今回、新たな発想を入れるためにもホンハイとの提携に踏み切った、というのが町田さんの発言の本来の主旨だったのではないかと思います。 それも一つの方法ではあり、決して否定するものではありませんが、私としては、もう少し地道というか地に足の着いた、しかし強力なやり方を提案したいと思います。。。だいぶ長くなってきたので、「思い込み=既に正当性を失った暗黙の前提」による「戦略的勘違い・間違い」を防ぐための解のアプローチについては、次回の続編で書いていきたいと思います。乞うご期待!
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