【未来の可能性を最大化する】ディシジョンマインド社は研修やセミナーを通してみなさんの経営戦略に必要な意思決定力の向上を支援する会社です

長びく新型コロナ禍で色々と思うことの多い時節ですが、その中で気になったいくつかの記事から触発された雑感を綴ってみました。

それぞれの内容には、特に関連なり脈絡があるわけではないので、「2020年7月時点での思考の備忘録」、あとで振り返ったとき、「当時こんなことを思ったんだ」という、同時代人としての共有記憶メモとしてお読み頂ければ幸いです。

「⇒」以下に私のコメントを記しています。

①「感染症対策費の上限は」（2020年4月27日 日本経済新聞朝刊 FT　米国版エディター・アット・ラージ　ジリアン・テット氏のコラム記事）

…感染症対策の費用に上限を設けるべきかどうかだ。医師をはじめ多くの人は「ノー」と叫ぶだろう。人命は経済的な価値だけでは測れない。このウイルスは新しいため、感染の予測モデルを立てるのも難しい。しかしニュージーランド（NZ）では、有力研究機関がこの問題に挑んだ。

…NZイニシアチブのブライス・ウィルキンソン上級フェローは「支出額がこれ以上膨らめば、道路や建物の安全性を高めたり、別の医療サービスに充てたりする方が、長い目で見るとより多くの命を救えるのではないかという議論が出てくる」と結論づけている。多くの条件が付いているとはいえ「今回のトレードオフ（相反）の評価は政策に役立つ助言をしたり、ロックダウンや国境閉鎖などを決定したりするうえで不可欠だ」ともみる。

…こうした相反関係を割り出そうとする経済学者が他にあまりいないのはなぜだろう。政治的あるいは社会的タブーに触れそうだからというのが最も分かりやすい理由だ。世間が曖昧にしておきたいことを明らかにするタブーの威力は絶大だ。多くの社会では人の命は尊く、単なるお金に換算することはできないとみなされている。有権者も疾病率と医療費の話を聞くのを非常に嫌がる。

…現代の民主主義国家では、重要な決断には必ずと言っていいほど、たこつぼを打破するような分析が必要だ。そうした分析なしには感染症を巡る費用はもちろん、他の問題も議論できない。批判も反論も呼びそうな試算だが、ウィルキンソン氏には敬意を表したい。タブーであろうとなかろうと、これらの数字によって少なくとも本来あるべき民主的な議論が促されるだろう。


⇒私もジリアン・テット氏と同じく、ウィルキンソン氏に敬意を表したいと思います。
コロナに限らず、何らかの強烈な災厄・災害が起きると、我々は他の要素を一瞬忘れてしまい、そのことのみに注意を奪われて極論に走りがちです。

そして、極論の正義を振りかざすメディアや評論家の言説が、こうした心理に拍車をかけます。

私はこうした心理に歯止めをかけるのに、意思決定のリテラシー向上が役立つと思っています。今回のコラム記事の文脈で言えば、次の2つのことになります。

（A）すべての意思決定とそれに伴う活動は、意思決定主体者（達）が活用できる経営資源（人・もの・金・時間）が許す中で実行しうることしかできない

（B）すべての価値判断尺度を最大化／最適化しえない状況では、複数の価値判断尺度の間でのヴァリュートレードオフ（＝あちらを立てればこちら立たずの相反関係の）判断をせざるを得ない

つまり、「人の命は何ものにもかえがたい」従って「感染症対策費に上限を設けるべきではない」という主張を極端に貫くと、無尽蔵でない経営資源の中では、「コロナの死者をゼロにする為なら、他の要因で人が死ぬのは全く気にしない」という暴論に（熱い「上限設けず」派の人達は意識していないのでしょうが）つながります。

その意味で、ウィルキンソン氏の研究・考察は、敬意を表すべき態度であり、参考にすべき内容だと思うわけです。

②「『自分たちだけ』という心理」（2020年5月21日 日本経済新聞朝刊の美術家 田中功起氏のコラム記事）

…コロナを克服するまで自主隔離して自分さえ感染しなければいいという感覚になる。

…そしてステイホームできる経済力のある人と、オンライン化できない仕事につく人との分断も生まれた。

…協調ではなく分断が進んだ理由の一つはデジタルへの過信だと考える。僕は9割が外国での仕事なので作業のほとんどがリモート。その経験からいうと、オンラインと実際会うのとでは受け取る情報量が圧倒的に違う。香水をつけている、握手が力強いなど、オンラインでは拾えないさまざまな情報を元に相手を受け入れていく。人と触れ合い、人を理解しようとする技術は長い時間をかけて僕たちの遺伝子に組み込まれている。デジタルを介したつながりは、実際に一緒にいることの重要性をより強いものにするのではないか。

…オンライン化が急速に進む中でフィジカルなつながりが求められたのだろう。人との接触がこれまでより難しくなる状況で、それがいったんキャンセルされるのか、むしろ加速するのか。今は分からないが、そこがコロナ後の出発点になる。少し時間はかかるだろうが、渦中で起きている出来事と歴史を関連付けて未来につなげることがアーティストの役割だ。


⇒「オンライン化できること」と「オンライン化できないこと」の区分につき、今は世界中が壮大なる社会実験と模索の時期です。

卑近な例で言えば、私の企業向け研修やワークショップなども、どこをどの程度までオンライン化できるのか、すべきなのかを、今まさに手探りでクライアントの方々と取り組みつつあります。

オンライン会議やワークショップを取り巻く環境（アプリや機器、システム、通信環境、オンライン会議に参加する人達の物理的環境等々）によっても、オンライン化できる内容や程度は左右されると思います。

従って、あと数年で的確な区分け／住み分けが明らかになっていく、というより、環境条件の進化に伴い、どんどん継続的に変化していく、という認識が必要なんだろうと思います。

私自身はこうしたテクノロジーについて、どちらかというと late follower なので、コラム著者の「オンラインと実際に会うのとでは受け取る情報量が圧倒的に違う。…人を理解しようとする技術は長い時間をかけて僕たちの遺伝子に組み込まれている。」という部分に共感を持ちます。

今時点では、「事前にある程度想定されている事務作業的な内容についての連絡と意思疎通＋α」には適しているものの、事前に内容がモヤッとしていて、人と人とが出合って、互いの全人格的表現（言葉だけでなく、非言語的・無意識的感情表現を含めたもの）を察知し刺激しあう中で生まれる創造性については、生物学的人間ならではだし、リアルなやり取りが必要とされるのではないかと思っています。

ディシジョンマネジメントの文脈でいうと（常に「馬車型自動車のワナ（＊）」に気をつけつつではありますが…）、すべての仕事がオンライン・リモートワーク化できてしまう企業は、衆知の錬成によるクリエイティブな仕事を、そもそもあまりしていないのではないかと推測しています。（少なくとも今時点及び今後数年の中での、オンラインをサポートするアプリ・機器・システム・住宅環境のもとでは。）

（＊）「馬車型自動車のワナ」：私の造語ですが、それまでの歴史的経緯からくる暗黙の前提にとらわれ、そのとらわれ自体に気づかずに、新たな状況への適切な対応ができない状況を指します。昔アメリカにいた頃、旅行で訪れたリノ（ラスベガスに次いでカジノで有名なところです）の自動車博物館で、初期の自動車を見たときの驚きから命名したものです。今や自動車のデザインは馬車とは全く違いますが、そこに展示されていた最初期の自動車は、馬車にそっくりでした。初期の自動車を造ったのが馬車メーカーだったことと関係しているかと思いますが、本当に馬車そっくりのデザイン・見た目で、感心したというか、驚いたものでした。

③「史上最大のワクチン事業 その挫折と教訓 下 議論・検証そして記録」（2020年6月18日 日本経済新聞朝刊の仙台医療センター・ウイルスセンター長 西村秀一氏へのインタビュー記事）

…スーパーで買ってきた商品を一生懸命アルコールで拭いたり、学校では窓ガラスまで消毒したりしている。テレビで蛍光塗料をウイルスに見立て、感染を視覚化した映像が放映された影響かもしれませんが、大量のウイルスがそこかしこにいるわけがない。

…自信のない「専門家」は何かあったときに発言の責任を問われたくないので、ほとんど起こり得ない確率でも「可能性がある」と言いがちです。そんなことなら素人でも言えます。ただ、専門家と称している人の言葉ですから、一般の人は「必ずある」と受け取り、過剰反応が生まれる。怖がらせることで警告効果を高める考えもあるかもしれませんが、怖がりすぎることで、コロナの何倍もの命が失われるかもしれない。大は小を兼ねないのが歴史の教訓です。メディアは専門家に「可能性」の確率を問わないといけません。

…何事もリスクはあります。メディアもリスクはゼロであるべきだという視点で正義の旗を振るような報道は控えるべきではないでしょうか。


⇒「メディアは専門家に『可能性』の確率を問わないといけません」。まさにその通りです。私の意思決定論における師である、スタンフォード大学のロナルド・ハワード教授が不確実性の読みについての、あるべき専門家の態度につき、次のように語っていました。

「真の専門家とは、自分が何を知り、何を知らないか（＝どこまで分かっていて、どこから先は分かっていないか）について明確に認識し、伝えることができる人物である。」

そういう専門家であれば、不確実な事象についての起こりうる確率を読んだり、起きうる振れ幅について語れるはずなのです。

今回のコロナに関しての専門家には、ぜひ「真の専門家」の名にふさわしい方々として、確率や振れ幅の数字を語ってもらいたいと思いますし、メディアもそうした質問をきちんとぶつけるだけのリテラシーを持ってもらいたいものだと切に願うものです。

そして、西村氏のおっしゃる「何事にもリスクはあります。メディアもリスクはゼロであるべきだという視点で正義の旗を振るような報道は控えるべきではないでしょうか」という論点に、100%賛同です。

ついでに言えば「リスクはゼロであるべきだ」というのは、意思決定リテラシーの決定的欠如を示しています。人が生きて活動している限り、必ず何らかの心配やリスクがあり、それらが完全になくなるのは、死んでしまった時だけなのですから。

ディシジョンマネジメントを提唱する私の願望としては、この世から、「〇〇というリスクは否定できないのではないか？」とか「リスクをゼロにできない限り、やるべきではない」といった発言をするような、意思決定リテラシーのない人がいなくなるところまで、つまり小学生でも一瞬で分かるレベルの真実を理解しない人が皆無となる世の中が一日も早く実現することを強く願っています。